■2020年08月01日(土)
普通のカメラは難しいですけどね
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「カメラ、はじめてもいいですか?」(1) しろ, 少年画報社, 2020/7/30 こんな連載を始めていたのですね。絵的なハイライトは185-188ページの見開きシーンです。電子コミックの見開きモードだとクリックで夜明け前から夜明けシーンに切り替わるので、少しびっくりします。 正直カメラというのは高価です。作者が「えいやっと」買ったNikon D50+Sigma 18-200 F3.5-6.3はわりとエントリークラスの構成でお手頃価格のはずですが、20万はいかないというところでしょうか。レンズ交換式なら、レンズ1本込みで基本的に10万円は覚悟しないといけません。近頃の高校生は金持ちだとは思いますが、それでも思い切って買うレベルのおもちゃだと思います。RICOH GRのようなコンパクトでも、定評のあるまともな機種を買うと5万円は超えてきます。まあ、写れば後はどうでもいいエントリークラスなら1万円台からあるはずですが、それならスマホの方がましです。主人公はお隣のお姉さんからカメラを借りていますが、おそらく値段を知ったらひっくり返るのではないでしょうか(もちろん主人公以外は値段を知っていると思われます)。 そんなカメラですが、スマホのカメラとの違いは、個人的にはピンボケするかどうかだと思います。スマホのカメラというのは驚くほどにピンボケしません。一方普通のカメラは、ピンぼけさせずに撮る方が困難です(「何撮っても素敵に映る」なんてことはありません: まあ、絞り開放の滲んだような絵を気に入ったのなら別ですが)。オートフォーカスなどと言いますが、顔認識まで駆使していても目標にピントが合わないことが多々あります。人間以外の場合、ほぼ確実にまともにピントが合いません。いや、目標に近いところに合ってはいるのですが、手前にある物体に影響されるなどして、肝心のものがぼけているのです。これはスマホのオートフォーカスが高性能なのではなく、まずスマホのレンズの焦点距離が短いこと、そして場合によっては高速シャッターと画像処理を組み合わせた合成処理のためです。レンズの焦点距離が短く、開口率が小さい(F値が大きい)とピントの合う範囲が前後に大きくなるのですが、スマホのセンサーサイズは小さいため、同じ画角でもレンズの焦点距離は短くなります。レンズ交換式でも、画角とF値が同じであれば、35mmよりもAPS-CやM4/3のほうがぼけにくくなります。長沼先生が「反応に困る」のも、ひとつにはこの、実用上はパンフォーカスなスマホの感覚で一部にしかピントが合わないのが普通のカメラを使って撮るためではないかと思います(もちろん、例えば撮りたいものがでかでかと写っているだけの写真を見せられて困惑するのもあるでしょうが)。 また、スマホの画面に映っている絵が撮れるのと異なり、カメラで撮った場合イメージ通りの写真というのがなかなか撮れません(フィルム時代も、現像が上がってきてびっくりということはよくありました)。電子ファインダーやライブビューの場合補正済みの絵が表示されているはずですが、それでも持ち帰ってパソコンで表示すると、イメージと全然違うのが普通です。というか、目で見たものとライブビューに映った絵で色味が違うなどというのは日常茶飯事です。それをイメージに近づけるためにはシャッターボタンを押すだけではだめで、様々な設定をいじっていく必要がありますし、面倒なので一番細かく写っている設定(まあ、露光補正だけいじれば対応できます)で撮ってしまって持ち帰ってソフトの補正機能でいじることもよくあります。 カメラでは、むしろ最近はぼけることを活かす方が主流だと思います。昔は、小さなF値で撮るとレンズの収差が強力に出るうえピンボケを避けることが難しいため、風景写真などはひたすら絞ったものですが、今では開放でもよく収差の押さえられたすっきりした像になるレンズも多く(むしろ絞りすぎると回折による像の滲みが出ることがある)、ボケもきれいなものが多いため、パンフォーカスが必要な状況でなければ比較的小さなF値で撮ることも少なくありません。また、前ボケや後ボケを活かしたポートレートのような風景写真も出てきています。とはいえ間違えるとボケだらけの写真になるわけで、出来上がった像を見てまず撮った本人ががっかりする羽目になります。 そんな面倒くさいカメラを始めてしまった主人公ですが、早くも星の写真などというニッチな領域に踏み込んでいます。もちろん撮りたい人は多い分野なのですが、作中にある通り撮影条件が非常に特殊であるため、三脚(とレリーズケーブル)が必須(本気で長時間露出をやるなら赤道儀も必要: そしてその赤道儀を載せるため三脚がさらに丈夫に、重くなる)、ちゃんと本に出てくるような写真を撮ろうと思うと場所選びも大変で、そのわりに思った通りの星空を撮ろうとすると時間帯も限られ、雲が出れば出直す羽目になるという大変な世界です。夜景と星空を見たとおりに出そうとすれば、露出を変えて夜景と星空を撮ったうえで合成するようなことにもなります(最近のスマホはこれを自動でやってくれるそうですが)。パソコンかタブレットまで買う羽目になるのか、撮って出しができる範囲でカメラにはまっていくのか、先が気になるところです。 ちなみに主人公のカメラはFUJIFILM X-T20。アニメでほのかちゃんのカメラがフジになったのはそういうことでしょうか。まあ、レンズ交換式カメラを始めるならAPS-C以下のミラーレスがお勧めではあります。35mmの一眼レフレックスは、ある程度取り回しに慣れて腕と肩の筋トレをしてからでもよいと思います。というか、Pentax Kで重いって、それじゃ他社の一眼レフなど持てるはずがありません(筋力と精神力でカバーというのはもっともではありますが、その根性は交換レンズを増やす方に向けた方が建設的だと思います)。メカメカしい操作系で好感が持てますが、レンズがほぼ純正一択です。悪いわけではありませんが、沼にはまるとか変なものを選ぶという点ではお勧めできません。変なレンズを使おうとするとほぼ確実に他社製品に乗り換えることになります。ついているレンズはXF35mmF2 R WRでいわゆる標準レンズになります。キットはXF18-55mmF2.8-4 R LM OISのはずですが、標準レンズがついているところがチサトさんのこだわりでしょうか。27mm、あるいは場合によっては18mmも風景を見る際の人間の視野角に近いため初心者向けのはずですが、樽型歪みが出やすいことを嫌ったのでしょうか。標準レンズを使っている場合、次に買うのが望遠か広角かで趣味が分かれます。おそらくチサトさんは50mmと14mmを持っていると思われますので、どちらを借りるかがトピックになると思います。
なお、まず「カメはじ」こぼれ話1の「千葉県最南端」というのは、たぶん最北端の間違いだと思います。南端だと、たぶん館山あたりになるんですかね?次に2話のおまけコラムで「ビッグカメラ」とありますが、よく間違える人がいますがあれは「ビックカメラ」です(アルファベットでもBIC CAMERAなのです)。それから3話で主人公が夕日を撮っていますが、NDフィルターなしで太陽を撮ることはお勧めできません。また露出が太陽に引っ張られるため、適正露出で撮るのは結構難しいです。そして「カメはじ」こぼれ話2の「フィルム時代にこのサイズのフォーマットのフィルムが主流になった要因は」とありますが、文脈からはこのサイズというのがAPS-Cであるように読めますが、歴史から考えると35mmだと思います。というか、APS-Cは富士フィルムがコンパクトカメラ用のフォーマットとして推した挙句に失敗しているので、まかり間違うと嫌味になりかねません。それと、サブタイトルについている「Can I begin a camera?」ですが、英語としては間違っています。beginは動作やコトを始めるという意味なので、モノを表す可算名詞を目的語には取りません。「写真を撮る(活動)」に相当する語は、日本語では「写真」のほか機材であるカメラにそういう意味がありますが、英語の場合ほぼphotography一択、taking picturesで辛うじて通じるあたりでしょうか。仮にcameraをそういう意味で使うとしたら、冠詞なしのCan I begin camera?になるかと思います(アクティヴィティは数えられませんから)。チサトさんあたりが入りかけている他人に訴える作品としての写真を作る活動は、artistic photographyあたりになるかと思います。広告用などの写真はcommercial photographyですね。報道記事用でしたらjournalistic photographyでしょうか。 そしてナギさんのカメラであるZ50。「目に見えない部分でも決して手は抜きません」とありますが、ミドルレンジのモデルではおかしな手抜きをしていることが結構あります(F二桁やD二桁で、正直FMやDfの方がよほどいい)。Z50は現在その手抜きの最右翼で、画像処理エンジンをケチり、秒間のコマ数が少ないという批判があります。よりによって単行本刊行と前後して35mmセンサーのZ6の後継モデルと言えるZ5が出ており、エントリーモデルとしての立ち位置が危なくなっています(もっともZ5も手抜き具合までZ50に近いのはどうかと思うのですが)。 長沼先生の嘆く「通報」。私はこれが怖いので人を撮るのは完全に投げました(元から面倒だとは思っていたのですが)。ただしコラム中で触れられている高校生マジックは女子高生限定ではないかと思います。中学生くらいならまだしもですが、ニキビ面の高校生男子が近寄ってきたら今時の親御さんは警戒すると思います。20代以降のおっさんが通報側に入ることは異論ないのですけどね。 コラムで小さいイメージセンサーフォーマットだと画質面で不利という話が何度か出てきますが、正しくは画素サイズが小さいと画面が荒れやすくなるため不利なのです。つまり大型センサーでも画素数の多いセンサーは不利になります。逆に言えば画像の荒れに関してはAPS-Cの2000万画素のセンサーと35mmの4000万画素のセンサーとでは似たり寄ったりのはずで、そこで問題が出てこない以上、今のデジタルカメラでセンサーサイズに有利不利はほぼありません。逆に大型センサーでは製造時の歩留まりが悪くなることや大型のウェーハを使わないといけないという点で価格が上がってしまうため(2010年くらいまでデジタル一眼レフでAPS-Cへの移行が試みられていたのはそのため)、正直ペンタプリズムの素材で妥協するくらいならAPS-Cが前提のマウントを使う方がましです。画素密度については、それこそ下限としてスマホに入るレベルのセンサーまでなら高い画素密度で小さいセンサーを作る方がやりやすいはずです。 「カメラの格でマウントを取られること」そりゃX-Pro2みたいな通好みのカメラじゃ下手にニコンやキャノンのエントリーモデル使ってる方が恥ずかしいよね。個人的には、ニコンやキャノンのユーザーがF値の暗い高倍率ズームレンズをつけていた場合、そこを先制して馬鹿にします(「うーん、でもせっかくいいボディを使ってるんだし、F2.8通しとかの方が性能を活かせるんじゃないですか?」、「レンズ交換式なんだから、必要に応じてレンズを使い分ければいいじゃないですか。同じレンズしか使わないなら、高倍率ズームレンズを持った高級コンデジで十分ですよ。」など)。レンズメーカーがサードパーティーの場合更にそこで馬鹿にします(「ニコンのボディを使うなら基本はニッコールでしょう。それこそArtシリーズあたりならともかく、お手頃価格の高倍率なんか使う意味あります?」など)。もちろん玄人があえてそういう構成を使っていることもあるのですが、そこは身振りと最初の被写体トークで判断します。しかしまあ、フルサイズを嵩に来てマウントを取ってくるような輩には、一度「大きいサイズのなら別にあるよ。Phase Oneの中判。35mmなんて中途半端なミニチュアカメラは使ってられないよ。」くらい言ってみたいものです。ニコンユーザーから割とまともな選択基準を聞いた例としては、オートフォーカスも含めてレスポンスが良いというのがありました。言っておきますが、私もニコンは大好きです。 ついでに、FIAT 500 2007系が出ています。通常日本でFIAT 500というとNUOVA 500なのですが、さすがに音楽教師ではなく大学生がもはやクラシックカーと言ってよい車種を持っているはずもないというあたりでしょうか。トポリーノやNUOVA 500とは別物ですが、かわいい車です。 | | |