日記

■2020年08月31日(月)  塩昆布でもかじってなさいよ
コーヒー好き編集者はコーヒー代わりに「ston」を利用しても快適に仕事できるか?
なるほど、口寂しさを紛らわす目的ならある程度代替になるという話ですね。これは納得できます。
とはいえ、それに月1320円も突っ込みたいかというと話は別です。まあ、氷入りの水道水を飲んでろと言われるとムッとするわけですが、どうせお金を使うなら、それこそこの場合ならもっとコーヒーっぽいフレーバーのものの方が良いのではないでしょうか。あるいは出汁ガラを再利用して作った塩昆布を噛んでいる方が安上がりな分罪悪感が少ないかもしれません。まあ、塩昆布だと高血圧の原因になりますかね…
ともあれこういう軽度の嗜癖は奥さんに怒られやすいので、それこそリキッドなしの、半年くらいもつ製品をたばこ税あたりを原資に開発すると医療費の削減に効果がありそうな気がします。

■2020年08月31日(月)  その程度自前でやれるのが筋でしょうが
グラファー、自治体の手続き業務のアウトソーシングサービスを開始
これ、先進事例の紹介扱いなんでしょうか?スモールビジネスならともかく、自治体がアウトソーシングってずいぶんと情けない話です。つまり窓口には権限がなく自前でオンラインサービスをする能力もないということですよね。アウトソーシングなどしていたら能力がつくこともないわけで、正直前途が悲観されます。

■2020年08月31日(月)  だから記者と編集者は中学校くらい出ておけと
プロバイダ責任制限法改正、発信者情報の開示請求対象に電話番号を追加
タイトルは仕方ないかもしれませんが本文までもそう書いてあり(総務省は8月31日、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(プロバイダ責任制限法)を改正しました。)、全てはコメントの通りです。もちろん総務省のアナウンスを読めば正しく書いてあるわけですが、総務省が法律を改正できない(せいぜい改正案の草案を「策定」して閣議に提出するくらい)ことは中学校を出ていればわかるはずです。どうせわかるだろうでもなんでもそのレベルのミスをする人に記者や編集者は務まらないのではないでしょうか。まあ、「ねとらぼ」だからいいのかもしれませんけど。

■2020年08月31日(月)  駆け込みはWebでってことかな
キンコーズ、24時間営業を廃止 オンライン入稿を強化
まあ、Web商談はどうかと思いますが、オンライン入稿と契約の標準化を進めるならありだと思います。取りこぼす層は出ると思いますが、そこは予想の内でしょうし、そもそもサポートするだけの儲けは出ないと判断したのでしょう。

■2020年08月31日(月)  できるのと受け入れられるのとは違うと思う
「デジタル空間にもう一つの都庁を」宮坂副知事が表明
ええと、何が言いたいのでしょうか?
もちろん都の窓口を集約したサイトや窓口業務の電子化は、やらないよりはやった方が良いと思います。行政相談員あたりに委ねられていた窓口に来れない人のニーズの回収の足しに少しでもなるのなら、やる意味はあります。事務手続の見直しという面でも、一定の効果はあるでしょう。とはいえどの程度の効果があるかは見通せない部分があるわけで、スモールスタートが可能な話ならともかく、事務手続の見直しとなるとコストがとんでもないものになる恐れがあります(現場の反対と辻褄合わせで余計な費用と効率低下を招いているのが過去の事例ですし)。Twitterでスローガン先行になるのは仕方ありませんが、むしろ報道側に、実際の計画書を確認評価するなどの慎重さが必要だと思います。そして計画書にアクセスできないとしたら、それは知る権利の侵害か手続不備です。むしろそちらの方が、IT業界出身のトンデモ副知事という報道のネタになるでしょう。

■2020年08月31日(月)  貨幣吸収に際しての長期割引国債のメリット
デフレ下で貨幣の供給拡大が要求されている状況ですが、インフレを制御できるのかという不安も小さくありません。そもそも歴史的には、インフレを制御できずに貨幣経済が実質的に破綻した結果中央銀行による通貨管理が発展してきたこともあり、少なくとも増税や公共料金引き上げといった形でのインフレ制御では不安が残るのは仕方ありません。また銀行金融の急激な縮小は経済の急速な収縮を招きかねません。
急激な拡大収縮を容認できる金融システムとして、証券市場があるのではないでしょうか。証券市場における大暴落によって経済危機が引き起こされたことは記憶に新しいですが、ここ20年ほどのそうした危機はリスキーな投機の行き詰まりに伴う連鎖的な破綻の発生であり、破綻した主体を隔離しつつ要所に適切な資金供給を行うという中央銀行と金融管理当局による火消しはいずれも功を奏しています。「株は上がったり下がったりするのが当たり前」と言った大臣がいましたが、株に限らず流通市場というのはそういうもので、不安定化を煽るような発言はいただけないにせよ、安定や恒常的な価格上昇など期待してはいけないものです。
一方で、融資に対する固定的なリターンは低下を続けており、リスク商品ばかりが増えてノンリスク資産を提供するはずの銀行は青息吐息です。まあ、銀行はどうでもよいのですが、さすがにノンリスク資産商品がないのはいただけません。
長期の割引国債は、こうした問題についてメリットがある気がします。まず売った時点で将来の償還額が確定します。つまり買い手としてはとにかく償還期限が来れば額面で受け取れるという意味でノンリスク資産です。通貨価値や購入価格という点ではリスク資産でもあるのですが、派生商品ならともかく、割引国債(というか一般的な債券)それ自体は償還額面(と利付債券であればクーポンの合計額)を大きく離れた価格で取引された場合異常であることが素人にもわかりますし、買ってからデフォルトする恐れのある証券ならともかく、10年物の割引国債であればインフレ率を年1%だと思うなら90円で買い注文を出しておけばよいわけで、買えなかったとしてもインフレ保険をふいにするだけで、大量損失は出しません。流通市場で額面の10倍の価格のついた株式を買って暴落される方がよほど危険です。一方発行側としては、利払いの心配はしなくてよいため、財政に与える負担を小さくできます。その分安い値段でしか売れなくて入るお金が不足してしまうリスクがありますが、発行量を大きくして(投資先分散によるリスク軽減が難しくノンリスク資産の需要が高い)小口の購入者の発行市場へのアクセスを提供すれば、このリスクを制御できます。従来は大口購入者や仲買人を介しなければそもそも売ることができませんでしたが、この制約は現在実質的に消滅しています。株式や企業債のような発行元の素性や財務状態を確認するシステムを胴元が提供している証券ならともかく、国債の場合、発行市場におけるコストは決済手段と買い手の支払い能力の保証でしか発生しません。どちらも現在の個人向け決済手段においては極めて低コストで済む、あるいは確実にコストを予測できる状況です。また国債の発行は国家の資金調達の手段であると同時に国家が民間から資金を回収する手段でもあります。インフレが発生した場合、国債の大量販売で、一番実需に関係ない金融投機市場から資金を吸い上げることができます。むしろ金融市場での価格上昇は市場に資金が滞留しているという意味での機能不全ではないかと思うのですが、国債でその資金を吸い取ってしまえば、政策投資に使うにしろ市場の暴落で破綻した投資家の救済に使うにしろ経済の安定化に寄与する気がします。もちろん使う必要がなければ既発国債の償還や償却に使うなり銀行に積んでおくなりすればよいわけです。
実需に基づく過剰消費と違って金融調整のための国債発行はただの約束事でしかないため、問題は財政規律だけと言ってよいのではないかと思います。これはプライマリーバランスの何のという意味の規律ではなく、お金があるからと言ってむやみに使わない、使う際はルールを作る、きちんと予想を立てて使い現場の裁量に任せない、可能な限り必要なところに直接お金を流すといった意味での規律です。特に運用収益でもって償還費用を回収しようという規律の思想は、こと国債に関しては時代遅れどころか便益評価を誤る原因ではないかと思います。どうせお金なんだし、額面上返せないわけではないのですから、期待した便益が得られなくても失敗しましたごめんなさいで済むわけです(それよりも地域社会や環境への影響の方がよほど破壊的です)。売ってお金を返すわけでもないのですし、民業では高くつきすぎて生まれてこなかった需要が生まれてくるならそれでよいのです。便益評価を誤った人には責任を取ってもらわないといけませんが、せいぜい懲戒と人事考課程度でよいわけで(失敗を繰り返す人を評価ポストに置き続けるのは問題ですが、それは配置を変えてしまえばよいのです)、むしろ事業の評価基準を、在職中に評価が確定し、かつ安易でないものにすることの方が重要です。また便益評価と費用評価では、費用評価の失敗の方を重く見るべきでしょう。

■2020年08月31日(月)  修理するのは権利か?
修理する権利
透明性がなくなるばかりの工業製品に対するアンチテーゼとしてはわからないでもないのですが、これをするなら従来の消費者保護制度(メーカー保証制度)の大転換が必要でしょう。消費者が修理と称してぶっ壊した機材を救済する責任は、さすがにメーカーにはないはずですし、修理する「権利」と言うなら、互換部品のみの使用を義務化するといったナンセンスが発生します(部品供給など、法定の部品供給期限が経過し、部品メーカーが撤退してしまえばどうにもなりません)。個人的にはFree Software Movementの系譜ととらえたくなりますが、正直電子機器において交換不可能な部分と言えるユーザーのアクティビティに由来するデータがどんどんどこかにあるサーバーや任意にバックアップできない記憶域に保管されるようになっている状況でハードウェアだけ修理しても、あまり意味がない気がします。むしろ製品を定価で引き取ることを義務化する方が、処理困難な廃棄物や不法投棄を抑制する意味ではましなのではないでしょうか。

■2020年08月31日(月)  雇用契約にそう書いてある?
安易な解雇、「外資あるある」で済ませず権利主張を
「安易な解雇」が慣習上規制されていることは確かなのですが、そもそも安易な解雇は安易な雇用や安易な経営、適切な処遇と一体です。必要があれば雇って必要がなくなれば解雇する、経営の見通しが変われば適切な人員規模も変わる、その代わり雇っている間の処遇は少なくとも法的に十分なものにするという話です。この、適切な処遇での雇用の保障と雇用規模は原則としてジレンマであり、特に人の労働に依存した事業システムにおいては低い労働コストで経営を安定させるか柔軟な労働コスト調整で経営を安定させるかの二者択一になります。まあ、現実は低コスト経営で雇用保障と雇用規模の両方を劣化させているのですが(その代わり価格が低下しています)。
まっとうな外資系企業であれば契約関係の法的な検討は十分しているはずで、労働契約において雇用の保障は除外されているはずです。もちろん法実務における解雇濫用法理については法律顧問が十分に検討しているはずです(そのコストを負担したくない企業はリスクの高い雇用を伴う現地進出よりも制約の少ない代理店制度による現地市場への進出を選ぶでしょう)。もちろん雇用側は解雇コストを減らそうと吹っ掛けてくるわけで、権利主張をして十分な解雇手当をもらうことは被用側の当然の権利ですが、逆に言えば妥当な契約期限までの賃金補償までは雇用側の計算の内ではあるでしょう。信頼関係を重視する企業であれば、雇用打ち切りの際にはまず十分な解雇手当を提案してくるはずです。
このタイトルのような取り扱いは、リスクとコストのバランスを追求したドライな解雇とシステマティックな見通しを欠いた安易な解雇をいっしょにしているようで、気持ちが良くありません。

■2020年08月31日(月)  繰り返し専用の文字もある
言葉を繰り返すスウェーデン語
確かに、何で繰り返すんでしょうね?
日本語の場合、繰り返しは、擬音語、擬態語のほかに、幼児語や女房言葉に多い気がします。挨拶の呼びかけでも繰り返す例はあります(「もしもし」が代表ですが、「やあやあ」あたりもそうです: もしもしなど、本来繰り返しなしでも呼びかけになっていたものが、現代では繰り返しなしの形は廃語になってしまっています)。総じて口語的な印象があります。とはいえ漢文と対立する形で当時の口語に基づいた仮名文学が成立してから1000年は経つわけで、繰り返し専用の文字がありますね。「々」です。そして、なぜか繰り返しの回数は1回が多いです。2回でもそれ以上でもよいと思うのですが、定型化しているのは1回の繰り返しです。台詞や効果音的なものとしては、相当回数の繰り返しに心当たりがあります。そして繰り返し回数が増えると通常緊張感が高まります。

■2020年08月29日(土)  振り返ってみると気持ち悪い60年代の未来像
Windows 95から25年
まあ、Windowsは変わらないのが良いという考え方もあるとは思いますが、少なくともネットワーク(特にTCP/IP)とUSBのサポートは、Windows95から大きく変わりました。Windows95の時点ではネットワークはMS-Networksベースでしたし(TCP/IPはオプション)、USBが全面的にサポートされたのはWindows98SEからのはずです(無印Windows98までのUSBを含むHotPlugは、Plug-and-PlayをもじってPlug-and-Prayなどと揶揄されていたはず)。一方で、64bit化は変化ではありますが、ユーザーレベルでは特に意識されていない気がします。
「 Windows 8以降のいわゆるストアアプリは、それをなんとかしようとしたチャレンジだが、ついに定着することはなかった。訣別するはずだったWin32/64アプリへの未練と回帰が後方互換性という大義名分とともに、Windowsの足かせとなったまま四半世紀が過ぎたことになる。次の四半世紀もこのままかもしれない。」
まあ、チャレンジなんですが、あれはいろいろと制約が多すぎたと思います。そもそもUIなど、Windows 1.0のプログラムマネージャーへの回帰じゃないですか。オーバーラップトウインドウやデスクトップメタファーは、捨てるにはあまりに便利だと思います。また、誤動作防止やコンテンツの権利保護の関係もあってオブジェクト指向だった操作体系がオペレーション指向に回帰していますが、正直何をいまさら一太郎の時代に戻らないといけないのかという気がします。逆に言えば、デスクトップメタファーのようなファイル指向の操作やオーバーラップトウインドウに即した形で新しい仕組みを作ることはできたはずですが、それをせずに、ネットワークオペレーションとの親和性を高める方向性(というかネットワーク上のデータオブジェクトの一覧性がローカルストレージ上のデータオブジェクトに比べて悪い点をネットワーク側に寄る形で整合させた)とオペレーターによるプログラマーの意図しない操作を制約するという方向性に突っ走りすぎたのだと思っています。
「 これだけの時間が過ぎれば、買ってきた真新しいパソコンに電源を入れて、いくつかの質問に答えてしばらく待てば同期して、アプリや設定等、ほぼ完全な環境のクローンが目の前に用意されるくらいのことができてもよさそうなものだ。実際、Chromebookなどは、それに近いことができているのだし……。 」
そりゃやればできますが、気持ち悪くありませんか?個人的には、そのクローンのベースになる情報がどこに置かれているのか、クラウドとか言われた日には気持ち悪くて使う気になれませんが(今でもOSレベルで真っ先に無効化するのはPeopleとマイクロソフトアカウントでのログインですし)。またストアも、コンピューターシステムとしてはともかく、社会システムとしての信頼性を得るには至っていないと思いますし、何より供給側と需要側の期待に差があり、特に供給側がストアシステムに強い不満を抱いています。いや、需要側だって、なんでまたアプリをインストールするためにあそこまで個人を特定されないといけないのかとは思っているのですけどね。

■2020年08月28日(金)  まずはしっかり療養して欲しいです
T-SQUARE 退団のお知らせ
あるかなあとは思っていたのですが。脳出血による運動機能の低下は結構しつこいとは聞いていますしね。小編成のバンドの場合やることが多いですし、キーボードだと両手に片足をフルに使うような演奏もあるので、例え相当部分をシーケンサーで補うことができるにしても、まずは運動機能を十分に回復することが優先でしょう。
とはいえ、この人の場合、演奏以外にもできることがたくさんあるので、プレイヤーとしては退いても作曲なり編曲なり構成なり制作なり、あてにはされているでしょう。これからもクレジットを見る機会は多いと思います。
それにしても、団や会社のおじいさん方からお説教はされたんだろうなあ。体が大事だって。激務はほかの人だって同じではあるわけですし、そもそも河野さんは2004年ころと比べて明らかに肥満しているので、不摂生や過信はあったのでしょう。特に180cm越えのマッチョな人と比べて鍛え方が足りなそうには見えます。
まずは運動機能の回復と、それに合わせて納得のいく演奏スタイルを再構築することかと思います。近い将来の表舞台への復帰をお祈りいたします。

■2020年08月28日(金)  総裁選などどうでもよいからさっさと一年間くらいの挙党体制を作れ
安倍晋三首相が辞任の意向 周囲に伝える
入院しているというのでなんか前も似たような状況で辞めたよなと思っていたのですが…まあ、ここ半年はいろいろ大変だったと思います。辞任すれば内閣総理大臣を選びなおすために臨時に国会を召集せざるを得ませんし(つまり野党の国会召集要請には応じる形になる)、この場合即選出手続に入るはずなので、吊し上げは避けられるということはあるのかもしれません。とはいえ内閣総理大臣はともかくここで国務大臣(というか省庁の長官)の選び直しかという気はするのですが…
さすがにのんびり自民党の総裁選をやっている暇はないと思うのですが、辞任の表明から新しい内閣が編成されて引継ぎが完了するまでは国政が宙づり状態になります。現状はこれをできるだけ短くするべきで、総裁が内閣総理大臣を務めるという慣例などは棚上げにした方が良いと思います。宙づりのまま一ヶ月などというのがナンセンスであるのはもちろん、中継ぎの内閣を立てて総裁選をやり、そこで改めて内閣総理大臣の選出をやるという形だと、中継ぎ政権が何ができるのかという話になります。とりあえず決断を下さないといけない事態がいくらでも起こりうる状況なので、事務管理では済まない可能性が高く、政権与党として自民党には責任のある行動を期待しています。まあ、あまり真面目に期待はしていないのですが。
歴代最長、安倍内閣が総辞職 午後に菅内閣発足へ
余計なことを言う人が出つつも、ようやく今日9/16、新内閣発足です。のんきに総裁選を、一般投票は省きつつもやっていたわりには迅速に発足できたとは思いますが、台風も来ていたわけで、この形になるならせめて中継ぎでも即日発足できなかったのかと思います。まあ、菅さんがちゃんとした内閣を作って自前の政権で総選挙に臨みたかったのでしょうかね。とはいえ選挙をやらないと意思統一ができないあたり、少なくとも危機管理に臨む日本の政権政党としてはどうかと思いますが。
ちなみに、議院内閣制とされる国で与党の調整が終わらないとそもそも首相を任命できないのは日本くらいのようです。下院で不信任されたらどんな形にしろ辞めないといけないのはどこも同じですが、多くは任命権が国王や大統領にあるため、辞任を表明した首相がいつまでも首相をやっているということは起こりにくくなっているようです。それはそれで任命権者が下院に信任されている内閣を罷免すると問題が起こるわけですが、今回のような、事務管理では済まない状況で下院の選挙をやっているわけでもないのに半月も内閣が交代できないのに与党以外は何もできない、その与党は党内の議論を話し合いで統一できず選挙をやっているなどという事態はひどいと思います。

■2020年08月27日(木)  乗換待ちは15分、乗車時間は30分
車内やベンチでまだ仕事? 首都圏の駅にシェアオフィスが続々
早めに最寄り駅に着いたけど時間調整の場所がないといった需要はあるので無駄だとは思わないのですが、鉄道事業者にはその前にやって欲しいことがあります。指定席のコンパートメント化です。
そもそも特に大都市近郊は、時間調整よりも乗車時間の方が長いはずです。その無駄な乗車時間を隙間時間として有効活用するためには、シェアオフィスと同じ理由で他人にのぞかれないコンパートメントが必須です。できれば移動時間に打ち合わせを行うため、防音にして欲しいくらいです。もちろん本でも読んでいる分にはオープンの座席でも問題ないわけですが、それ絶対個人情報や社外秘が書いてあるだろという書類をロングシートでめくっている人を結構見かけます。もちろんそういう迂闊な行為は止めるべきですが、移動時間を無駄にしたくないという気持ちはよくわかりますし、鉄道会社にも、ニーズがある以上応える努力はして欲しいと思います。まあ、コスト面で引き合わない可能性や、特別料金を払うのが嫌という向きもあるだろうとは思いますが…少なくとも提供しておけば、車内で情報漏洩が起こった場合に、やることはやってます、コンパートメントの料金を払うことを嫌がったお客様の責任ですとは言えると思います。

■2020年08月27日(木)  偽名で電話を契約して逮捕ですか
格安SIMを偽名契約容疑で再逮捕「認証代行するため」
容疑が成立するのはわかりますが、わざわざ逮捕するような話ですかね?微罪による別件逮捕の一種ではないかと思えます。
それにしても、例えば周知の変名を用いて契約した場合なども該当するのでしょうか。本来本人確認さえできていればよい話のはずですが、電磁的記録不正作出及び供用罪だと本名でない名前(に限らず本人を特定するための情報)を記載した申し込みをすること自体が罪であるように思われます。

■2020年08月26日(水)  どこまで意味があるんだか
東北新幹線が鮮魚列車に コロナでの空席にマダイが乗車
空席の活用策としてはありではあるでしょうが、その前に新幹線に荷物車を連結し、大型荷物の預託輸送をやっていただきたいものです。その上で、荷物車の空きスペースに貨物を積む方がましではないでしょうか。駅での積み下ろし作業を誰がやるのか(折り返しの乗客が乗る前に全て下ろして清掃までしないといけないので、相当時間的にきついはずです: そして車内清掃サービス事業者に下請けに出して知らんぷりとかやりそうです)、東京駅からの運び出しをどうやるのかなどを確かめているうちにやる必要がなくなる可能性もありそうです。
機関車牽引式の在来線なら、ある程度柔軟に対応できるんですけどね。なお、分散動力の列車に追加で貨車などをつなぐと、特性の違う車両が混入する形になり、おそらく速度を落とさないといけなくなります。
九州新幹線、貨物と乗客の混載実験へ コロナで乗客減
在来線に押し込められているJR貨物が気の毒になってきます。
というのは冗談として、正直あまり安易な発想で貨物輸送に関わって欲しくないと思います。それこそコロナがらみで旅客航空便が休止されたために便乗貨物の輸送が滞った事例があるわけで、人なら輸送が止まったところで謝るだけで済みますけど、貨物は輸送が止まったら下手すると命にもかかわります。貨物輸送業者はそれだけの責任を負って事業をしているので、旅客車両に混載して、それこそ満席になったから引き受けられませんなどと言ったら顰蹙ではすみません(飛行機の場合そもそも預託荷物や機内食などを積むためのスペースがあってそこに積んでいるのです)。

■2020年08月26日(水)  人恋しいからって座礁するような航路を取るかね
座礁した船員「家族と話したかった」 数カ月の船上生活
17世紀あたりの外洋船の船員さんが聞いたら呆れそうな話ですね。まあ、それでも5ヶ月間上陸なしはひどいかもしれません。一般的には3ヶ月くらいで入港時に乗組員を交代させると思います。とはいえ5ヶ月間無寄港ということは商業航海ではありえず、当然荷の積み下ろしをする港に寄港するわけですから、降りる機会も携帯電話の通じるエリアに入る機会もあったはずです。コロナ騒ぎで上陸を拒否されたにせよ、家族に電話する機会くらいはあったはずで、あまり情状を酌量する余地はない気がします。増して船会社側が非人道的な扱いをしたなどとは言えないでしょう。

モーリシャス沖の油流出1年 残る船体、撤去めど立たず
何とまだ片付いていないようです。それでも半分片付けたというのは放置するよりましではあるのですが。最終的に保険屋がなんとかするとはいえ、長引くと費用も増えるし叩かれるし、だからといって安全を無視した作業などできもしないわけで、安易な雇用の対価は確率論とはいえ高くつくということでしょうか。

■2020年08月25日(火)  VPNはいわば朱引内であって関所ではない
崩れたネットの「関所」VPN 在宅勤務増で急ごしらえ
VPNというか、VPNゲートウェイですかね。VPNというのはあくまでも仮想であって、そういう機器やモノが存在するわけではありませんから。まあ、誰かがVPNゲートウェイのことを関所みたいなものだなどと説明したのでしょうが、ゲートウェイという言葉を削ると意味が全く変わってしまいますので、注意して欲しいものです。
もっとも、SSL VPN自体は急ごしらえに向かないわけではなく、勘所がわかっていて正しい手順で作業しさえすれば、それなりに強靭なゲートウェイを立ち上げられるはずです。ましてこの場合一応パッチが出ている既知の脆弱性だったわけですから、急ごしらえとかいう前に未熟な作業者がいい加減な作業をやったのだと思われます(パッチを当てていないなど、非常に初歩的なミスです)。また、そもそも習慣としてパッチが出たらとりあえずメンテナンスをしなければならないという認識がない事業所が少なからずあったのではないでしょうか。もちろんデプロイ前の評価でパッチを当てると何か問題が出ているような場合は意図的に適用を遅らせることもあるわけですが、1年前にはパッチが出ていたのだとしたらとっくに何らかの対策が取られていないとおかしいのです(パッチを当てないにしろ、脆弱性を悪用されにくくする対処はできるものですし)。
しかし、なんでまたリモートワークでSSL VPNなんか入れる話になったのでしょうか。VPNというのは一般的にはインターネットを経由してインターネットに見えてはまずいシステムにアクセスするときに導入するもので、例えば組織のNASにアクセスする場合などに使います。一方で勤怠管理やWebメールのようなHTTPベースのシステムへのアクセスならVPNを構成する以外にも外部からのアクセスに対応する方法があるはずです。どうも、VPNを設定すればクライアントにVPNソフトを導入するだけで安全に内部のリソースにアクセスできますよなどといい加減なことを提案してハードウェアを売って適当な導入をやったベンダーがいたのではないかと思えます。こういうところは得てしてほかの面でもいい加減なので、もしかすると外部向けサイトの設定などでもポカミスをしでかしているかもしれません。

■2020年08月25日(火)  「完全無制限」の終焉というよりは安易な見積もりの破綻だと思う
「どんなときもWiFi」に見る「完全無制限」の終焉
過去に出した記事のフォローも大変ですね。
まあ、動画を流しっぱなしとかにすると簡単にテラ単位になってしまうと思いますが、正直ただのチョンボではないかという気がします。ルーター越しに複数のPCにパッチをダウンロードすると50GBくらいは簡単に吹っ飛んでいきますが、それを除けば、むやみに大容量の通信をするようなアプリケーションというのは一般ユーザー向けにはあまりないはずで、それこそ動画や音楽のような、サービスプロバイダーと組んでキャッシュでも置けば済む用途しかないと思います。またMNOもMVNOもそういった消費をそそのかしてきた部分があります。巣ごもり需要でその手のサービスにオンラインになる時間が増えた分消費量も増えたということはあるでしょうが、見積もりを誤っただけということになるのではないでしょうか。
その意味で、安い回線料金で完全無制限というのはビジネスモデルとして破綻してしまったかもしれませんが、適切な見積もりの上で相応の料金を取って完全無制限のプランを提供することは可能だと思います。
「どんなときもWiFi」無制限終了 MVNOでは土台無理だった
それでまあ、こんな評価を書かれてしまうわけですが。
正直、単純に価格設定の問題で、理屈の上ではキャリアが提供できるサービスをMVNOが提供できないはずがないのです。同じネットワークの上に載っているわけですから。ただし、現在のネットワークの利用料金や約款からすると、やりにくいサービスではあるでしょう。十分な準備期間があれば調達するSIMの数を増やすことで対応可能なはずですが、コストは確実に増えてしまいます。ビジネスモデルとしてSIMをシェアすることで料金を下げていたのですから、用意したSIM1枚当たりのユーザー数が増えれば採算性は悪化します。MNOよりも料金が高くなってしまっては意味がありません。
とはいえ、通信政策の中期目標として原則容量無制限の義務付けをする形はあり得る気がします。オペレーターが工夫をして実現するのではなく、データ通信容量を無制限にできるだけの設備を用意させ、制約をかけるのであれば値引きでもさせるわけです。ケーススタディーはほぼ済んでいるわけですから、無理な話ではないでしょう。

■2020年08月25日(火)  受け狙い…なんでしょうかね?
旅客機エコノミー席で6時間のフライトに耐えるゲーム「Airplane Mode」 今秋配信
いやまあ、6時間でどうこう言うなら例えば東京発ロンドン行きの10時間のフライトはどうするんだという気がしますが…別にエコノミーに限った話ではない気もしますしね(まあ、ビジネスに子供が乗っている状況というのは限られるでしょうが)。
ラッシュアワーに1時間の通勤に耐えるゲームというのはなかったでしたっけ?
ブラックなユーモアを排斥するわけではありませんが、あまり褒められたものではない趣向ではないかと思います。もちろん公共交通機関での長時間の移動というのはあまり心地よいものではないわけですが、それを論って揶揄することに意味があるのかどうか。日本のバラエティー番組やニュース系一般向け週刊誌と同じで、品がないように思います。
いっそ、ゲーム開発をする雇われプログラマーの一日でもシミュレートしてはいかがでしょうか。無茶な指示をする上司、やたらと妙な技術をつぎ込みたがる技術オタクな同僚、管理能力皆無のプロジェクトリーダー、どう考えても無理な予算と納期で企画を持ち込んでくるプランナー、期限どうりに仕上げてこないデザイナーやグラフィック、音楽屋、ろくでもないタイアップを押し込んでくる広告代理店、演奏家や俳優のドタキャン、地雷がやたらと埋まっている開発プラットフォーム、ちっとも役に立たないプロジェクト管理制度など、イベントのネタはいくらでもあると思います。もちろんグッドエンドの基準は極めて高いものでなければなりません。まあ、十中八九エピローグで、納期延長、リリース後のバグの発生で対応に追われて過労死、プロダクトが売れずに一時解雇、ユーザーのクレームでノイローゼなどが告知されることになるかと思います。

■2020年08月24日(月)  行政を責めても意味がない
続々「2020・8・6」広島ルポ
核兵器廃止運動や被爆体験継承活動自体については、一定の意義があると思います。とはいえ、核兵器の廃止が万人に共有されるべき理念かどうかは議論の余地があると思いますし(正直通常兵器による被害の方がより残酷かもしれません)、被爆遺構の保存についても税金を投入すべきことかどうかは疑問です。というより、観光のような公共性のない事業において自治体が取りまとめや優遇措置以上のイニシアティブをとることは、公的資金の使い方として間違っているように思います。
基本的には原爆ドームも含めてすべての原爆遺構を非営利団体に無償譲渡し、そちらが資金集めと普及活動を含めた運営を行うことが望ましいと思います。もちろん固定資産税の免除のような優遇措置は必要ですし、寄付者に対する税制上の優遇措置も導入することが望ましいでしょう。とはいえ、市の予算から運営費を拠出し、あるいは市の職員が運営を担当することは、そろそろ終えた方が良いと思います。でないと、最悪運営費をふるさと納税に頼るようなことになった挙句に市側の制約で活用できないということになりかねません。民営化が入場料とイベント・物販収入で採算を取ることだった時代は終わったので、むしろ自由なアイデアに基づき寄付でもクラウドファンディングでもプロジェクト交付金でも活用できるのが民間の非営利団体ではないでしょうか。ただでさえ公平性が求められる交付金や自治体予算の制約の中でプロポーザルを書くよりも、独立した資金調達手段を確保して事業自体に適合した方針を作る方が良いはずです。
ついでに言えば、非核宣言とか平和宣言を自治体がするのもいい加減にして欲しいものです。自治体というのはその決定を強権をもって執行できるので、逆に言えば住民の思想信条の自由には相当配慮しなければなりません。自治体が非核・平和を主張することは、下手をするとそれに反対の住民を排除することになりかねないこと、そして自治体レベルでの非核政策、平和政策が反対を押し切ってでもやるべきものであるのかについては、そもそも市民運動の継続性に問題があった昔ならともかく、制度的にはより強靭な組織を構築できるようになった現在は強い疑義があります。NIMBYを拒否するとか戦争において無防備を宣言する手続を整備するレベルならともかく、理念としての非核や平和はできるだけ民間に任せていく、その上で民間と議員が連携して実務レベルのプロジェクトを提案・実施していくことが望ましいと思います。例えばシンポジウムを企画し、議員提案でそれに助成を行う条例を制定するような形です。

■2020年08月23日(日)  トレイルだと軽装なんですよね
ヤマノススメ19巻
なんとあおいとひなたが全く出てきませんでした。まあ、ここなとほのかのほうが受けがいい可能性はないでもないですが、ここしばらく数話にまたがるネタが増えてきたこともあるとはいえ、少々気の毒です。
トレイルのルート、環境省公認ルートで全体では八戸から相馬まで歩くというと相当なものですが、台風にさえ会わなければ景色は良いはずです。冬でも、日本海側のように地吹雪で見えないなどということはありませんからね。長距離踏破とはいえ、トレイルというのはやはりゆるいとは思います。いやまあ、慣れない人が20kmも歩くと翌日筋肉痛になるわけですが、そもそも現代日本の場合、平地を10kmも歩けば店の一軒くらいあるので、2時間持つ程度の水筒を携行していれば済んでしまいます(作中では12kmを3〜5時間、ペースタイムは4時間らしいので、整備された道であれば3時間で踏破できるはずなので相当のんびりペース)。本来長距離踏破というのは歩兵の軍事行動なので、最低20kg程度の装備でするもの。服もショートスリーブ、ショートパンツなど論外で、通気性に優れるとはいえ厚地の丈夫な生地のロングスリーブに長ズボン、そして弾片防護用の板が入った防弾ベスト(なんと10kg近くあるらしい)、靴も安全靴仕様の重たいブーツが基本。その上食料と水一式で20kg、さらに小銃、弾薬、通信機、大型装備などを背負います。それで一日30〜50km歩き、それを連続で10日はするのが本来の長距離踏破です。とはいえゆるくてもとにかく長距離を歩くような運動が市民権を得てきたのは良いことだと思います。今までそういう運動というと登山とゴルフくらいしかなく、色々な意味で敷居が高かったと言えます。水筒一本とスマホくらいで整備された道を20km程度歩くレベルなら、さすがに熱中症や日射病、あるいは凍傷になるような装備ですべきではないですが、また雨対策くらいはすべきでしょうが、登山のような大仰な装備や自転車ロングライドのような高価な機材は必要ありません。なにしろローマ兵などしっかり作られているとはいえサンダル履きでアルプスを踏破しています。藪漕ぎや岩登りをするのでもなければ半袖短パンにスポーツサンダル、日焼け止め、帽子くらいで構いません。路肩を歩くとなると非常に怖いし車に邪魔扱いされますが、遊歩道なら問題ありません(もっともしばしばサイクリングロード兼用であるため後ろから前傾姿勢の自転車が突っ込んできて怖い思いをするのですが)。音楽を聴きながらのジョギングよりも耳を塞がず景色や音を楽しむウォーキングの方が安全でもあります。設定されているルートには歩ききったら公共交通機関にアクセスできるものも多く、着替えとタオルを持って行ってひと風呂浴びてから電車やバスで帰宅ということもできます。一時期街歩きがブームになりましたが、あれに限らず、厚生労働省風の刻苦勉励ウォーキングではない、より気軽な形が普及するとよいと思います。
Pentax MEは懐かしいのですが、なんでほのかちゃんのお家から出てきたのでしょう。ひょっとしておじいちゃんあたりの機材でしょうか?少なくともカメラ趣味がありそうとはいえお父さんではないような気がします(お父さんの場合、いくら手を出すのが早くてもSuper Aあたりのはずです)。フィルムカメラの面倒くささと緊張感は共感できますが、そもそも基本に帰れというなら露出もマニュアルであるべきです。まあ、内蔵露出計くらいはないと困るでしょうし、古い機材だと露出計やシャッタースピードの計算機構が狂っていることも多く、適正露出にならないことがあります。また絞り込み測光しかない機種だとピントを合わせる前に絞り込んでしまって合焦位置がわからないといった事態も起こります。とはいえ、光度計とフィルム感度を基準に絞りと露出時間の組み合わせを考える、でも結果は現像してみるまでわからない緊張感というのがフィルムカメラの基本です。しかも昔のフィルムはラティテュードが狭かったので、露出のミスが結構致命的だったりします。とはいえ、さすがにそれは不便が過ぎますかね。ちなみに重量感の描写がありますが、実は現代のデジタル一眼レフレックスの方が重いのです。なにしろ、例えばNikon D850ですらボディ1kg越え(MEは460g)、Dfですら770gで、500gを切るというとD5600とD3500というDXフォーマットのエントリーモデルになります(ミラーレスのZシリーズはAPS-CのZ50を除き今のところ675g均一)。本来重量級のはずのニコンのフィルム用ハイエンド製品F6が1kgないという時点で、1.5kgもあるD6はなんでそんなに重くなったという気がします。まあ、ほのかちゃんの場合普段使っているのがE-P1(335g)やX100S(レンズ込み445g)、E-M5(Mk.IIで417g)なので、「フルサイズ」用の重たいレンズと合わせて重いと感じるのは仕方ないかもしれません(93合目でSONY αを借り出して使っていますが、Eマウントの35mmセンサー機種で最低420gあります)。1980年くらいまでのカメラは真鍮製のごついデザインで、1980年代以降のアルミ合金を使ったスマートなデザイン(最初に買ったFE2がこの系統)や2000年前後からのエンジニアリングプラスチックを使ったデザインよりも重そうなイメージを受けます。
フィルムは…実際今時は現像してくれるところを探すのも大変だったりしますが、私が写真を始めたころはすでに白黒の現像は特注扱いでした。一番楽だったのは1990年代でしょうか。自動現像機が普及し、カラーフィルムであれば当日受け取りが普通になっていました。それでも一回の撮影で1000円は吹っ飛ぶので、モードラを買ったのに気楽に撮るというわけにはいかなかったのです。その後まもなくコンパクトカメラはデジタルが主流になり、21世紀は写真屋というのはカメラを買いに行く場所になってしまいました(写真を撮りに行く場所という点は登場時から変わってないですね)。フィルムなりの味というのはもちろんあると思いますが、取り扱いにしろ価格にしろ後処理にしろ大変ままならないものなので、今更フィルム時代に戻りたい、フィルムで写真を撮りたいとは思いません。

■2020年08月22日(土)  境界をまたぐ方法
一人Teamsの憂い
個人的にはこういうコラボレーションツール自体ぞっとするということもあり、極力集団行動はしないのですが。
とはいえやむを得ず集団で行動することはありますし、その場合一定の連絡手段は用意しておかないと不便です。現状ではその最も簡便なツールは携帯電話ということになるかと思います。IPベースの連絡手段は、ようやく世界のどこでも携帯電話網が届くところなら使えるレベルになってきたというところでしょうか。もっとも、とにかくメッセージを送りつけることができ、既読・未読の判断ができるという点で、便利だという点はわかります。いわゆるインターネットのメールはこの点そもそもの発想が異なっており(なにしろリレーで配送されるのが前提だったわけですから)、プロプライエタリな自動通知機能付き電子メールシステムがほぼ淘汰されてしまったため、インスタントメッセージングベースのシステムが互換性なく併存する状況になっています。一方でインスタントメッセージングはメールの一世代後には実装されているものの、本格的な普及はスマートフォン普及後です。というか、ビジネス向けの道具の状態から脱却できず(この時代、一般人はポケベル、携帯電話のキャリアメールやSMSをメッセージングに利用した)、アプリケーションソフトウェアにおけるサードパーティーの参入障壁が低いスマートフォンが普及するまで相当意識の高い会社の会社員以外は使えませんでした。サードパーティーの提供する端末アプリをインストールしてサーバーにつなげるようになって初めて、普通の人がインスタントメッセージングを利用できるようになったのです。一方でインスタントメッセージングシステムはいまだにC-Sシステムであり、特定のサービスが特定のサーバーに紐付けられ、利用するにはそのサーバーにオンラインにならないといけません。
インスタントメッセージングを含めて、直接外部とつながる、あるいは外部から内部につなげるという行為にはリスクが伴います。どうも携帯電話が普通になって連絡の取り方がよほどルーズになったように思うのですが、山田氏のようなフリーランスならともかく、例えばIT出版社の雇われ編集者の場合、編集者としての連絡先と個人としての連絡先は分かれている必要があります。インスタントメッセージングでも、それこそ会社のアカウントに家族からメッセージが入るようではいけないのです。「一般的なメールと同様に、メールアドレスだけであらゆる形態でのコミュニケーションができるようになっていてほしい。」と言いますが、スマホに統合コミュニケーションツールを入れて適当なメールアドレスでアカウントを作り、出先での連絡などはそちらですればよいわけで、連絡の内容によって宛先のアカウントを変えるのが筋、「人」に送るという感覚は「組織」単位での管理と矛盾するという点は踏まえるべきです。もちろん、BYODにおいて複数のアカウントの使い分けには不便な点があり、例えば最低限Wi-Fiとプライベートの携帯電話ネットワーク接続を同時に行って通信経路の使い分けを設定できないと、仕事中プライベートのアカウントが使えない状況になってしまうのですが、ともかく組織として動いている人は「役人」であるという発想、あるいはペルソナを使い分けるという前提に立ったツール設計なくしては、コラボレーションツールというのは仕事とプライベートを横断する形では使えません。メールアドレスが役割を含めたUUIDであるという理解ならよいのですが、ある人への連絡がすべて特定のメールアドレスを介してできないといけないという発想だとしたら、それはおかしいと思います。

■2020年08月20日(木)  ファインダーお好きなんですね
PENTAXの一眼レフ宣言によせて(デジタル編)
「しっかりとしたライブビュー機能を内蔵した一眼レフカメラは、ミラーレスカメラの機能を内蔵していると考えてもいいんじゃないかと思うわけ。ハイブリッド的なカメラとして使えるのではないかということなわけです。」
そもそもなんのためにライブビューとファインダーを併用するのでしょうか。ファインダーが良いなら、ファインダー内に投影機でも用意して、覗いた状態で設定でも画像データでも見られるようにすればよいのです。まあ、背面液晶を備える方が安上がりで軽量かもしれませんが、ファインダーを覗いている際には背面液晶を見ることはできません。大量の設定を極力少ないボディ側のボタンとレバー、ダイヤルに集約するにしても、表示はファインダーに集約していたって良いはずです。この場合、ライブビューもファインダー内に投影され、つまりは光学的な像と補正を適用した結果の像とを切り替えてファインダーで見られることになります。いずれにせよハイブリッドにしてうれしいことがあるようには思えません。重くなるだけでしょう。
とはいえ、背面液晶によるライブビューとEVFを含むファインダーを比べた場合、汎用性があるのは明らかに背面液晶によるライブビューです。そしてノートパソコンと同じで、基本的にはカメラというのは軽い方が良いのです(本来適切な重量があるはずですが、軽すぎて使いにくいカメラというのは、おそらく電源やフィルムを内蔵するカメラとしてはまだ出現したことがないのではないでしょうか)。ミラーレスが良いでしょというのは、少なくともクイックリターンミラーとペンタゴナルプリズムはいらないよねということだと、私は思います。逆にファインダー、それも光学ファインダーを好む人でも、さすがに撮影済みデータを確認しないでもよい(そんなものはパソコンで見ればよいというのも含めて)という人はあまりいないはずで、すなわち背面液晶でもファインダー内投影機でもよいですが、今背面液晶でやっているようなことは必ずできなければなりません。つまり、まっとうに軽量化するならまずミラーとプリズムを削るべきなのです。
その上で、光学ファインダーがいい、あるいはEVFでもよいからファインダーを覗くことが気持ちのトリガーになるという人はいてもよいし、メーカーとしてそういう人に寄り添うというのは、個人的にリスキーだと思いますけど、ありだとは思います。正直Qの路線の方がまともだとは思いますけどね。それでも、レンズ交換式カメラを機能・性能本位で選べる人の多くは重かろうと光学ファインダーを選ぶと思うなら、それはそれで一つの考え方だと思います。

■2020年08月18日(火)  保護者を甘やかすべからず
親が学校の下請け、言語道断の政策 尾木直樹さんの懸念
正直対応のレベルについては問題ありという意見に同意せざるを得ませんが、「親が学校の下請け」というのは料簡が違うのではないでしょうか。
本来「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。」(日本国憲法26条)のであって、学校はその受け皿になっているにすぎません。もちろん適切なレベルの教育を保証するために学校への教育課程の集約が行われている面はありますが、原則としては親が教育を行う義務を課されている、そして学校はその道具であるという形のはずです。
この前提から見れば、休校措置は止むを得ない事情により学校側が役務の提供を中止したという話であり、その場合親に実務が戻ってくるのは当然です。教材の配布はまあ、サービスということでしょう。もちろん学校の指示に従わないとそもそも課程修了の認定が出ない点は学校側には責任がありません。また制度設計においてこんな事態を予想する余地が少なかった点は酌量せざるを得ず、文科省を非難するとしても限界はあるでしょう。むしろ子女の教育について学校任せにしてきた保護者の無策こそ問われてしかるべきで、学習を監督しないといけなくなって文句を言うのは筋違いです。なんなら4月時点ですでに大量に出ていたパートタイムワーカーの離職者を見張り番に雇ったって良かったのです。まあ、余計なコストをかけやがってとか授業をやらないなら授業料は払わないという苦情は言ってもよいですけどね。いくら妥当な判断とはいえ、役務の提供(つまり学校での授業の実施)を中止するというのは重大な契約違反で、相当分の料金の支払い拒否や違約に対する損害賠償の請求くらいはあってよいと思います。とはいえそれで家庭学習が中心になったことを言語道断とまでは言えないでしょう。
まして今の高校生までの親ならばほぼ確実に高等学校は修了しているはずで、教科書を確認して内容を教えるくらいはできて当然です(できないというなら卒業資格を返上されたい)。そもそも小学校すら終えていない人がいた1970年代とは違うのです。
評論家は、親に負担をかけるななどとくだらない批判をしている暇があったら、迅速かつ十全に代替策を提供できなかった点を検証し、適切な制度を提言すべきです。個人的な理想を言えば、親が学校の代替策提供の判断を待たずに随時適切な選択ができることが望ましいですが、そもそも課程修了資格の認定と学校を分けてしまうというのも方法としてはありうると思います。そのあたりは評論家を含めた識者の間でお互いアイデアを出し合って十分議論をして欲しいものです。

■2020年08月18日(火)  猫も杓子もの感を拭えませんが
AI制御の信号機網導入に青信号。アリゾナ州で都市部の混雑軽減へ
まあ、シミュレーションなどの事例は多い分野でもあり、解析モデルには不自由しないとは思いますが、正直通信ケーブルでつないで制御のタイミングを変更できるのであれば人間がやっても対応できる程度の負荷にしかならなかったというオチになりそうな気がします。まあ、この手のプロジェクトは受け入れ側に評価能力がないことが往々にしてあるので、メーカーが成功しましたと発表して終わるかもしれませんね。
もっとこう、渋滞していると市内への車の侵入自体を割り込んで止めてしまう(のはまだ無理なので侵入経路の信号を赤にして塞いでしまう)ような馬鹿げた実装の方が面白いと思うのですが。
なんなら、車から勤め先に、交通制御で出勤できない旨当局の証明書付きで連絡がいくというのもよさそうですし。もちろんレンタカーなど、渋滞するような時間帯に市内に入ろうとすると延々と市の外周を回らされる羽目になったりするわけです。さすがに不便かあ。

■2020年08月18日(火)  cureだと思えばいいのか?
滝行体験!
「いや〜暑い夏の中きれいな自然で癒されたんだね、本当に❤︎」
滝行って癒されるものですかね?いやまあ、イニシエーションの一種で、かつある種の開放感をもたらすのもイニシエーションの役割ではあるのですが…cureだと思えばいいのですかね?
まあ、ドラッグやメディテーションと同じでいわゆるmind expandingの効果があるので、人気は高いと思います。とはいえ、どうせやるならそのあと千日回峰行あたりもやった方が良いと思うのですよね。苦行というのは徹底的に精神を追い込むことでエクスタシーを得るものなのですから。達成すれば、きっと素晴らしい癒しが得られますよ?
滝行の不思議な準備
いやまあ、準備運動なりをしてからでないと滝行で心臓麻痺でも起こしたら大変ですしね?それに酒にしろ塩にしろ汚れを払う神聖なもの、つまり聖餐のパンと葡萄酒みたいなものですから。というか、塩で汚れを払うというのはマンガでもクリシェだと思うのですが。酒もまあ、ある意味クリシェかなと。

■2020年08月17日(月)  本当はユーザーが個々に判断できるのが良い
アップル、手数料高すぎ? 「フォートナイト」開発元が提訴
「スマホという個人情報の塊だからこそ、セキュリティー面、プライバシー保護の観点で、「アプリは審査を受け、承認されたものしか配信できない」というスタンスを貫いているのだ。」
こう言わざるを得ないと思います。というか、Appleの実績というよりは、セキュリティを確保するための機能がOSの権限制御がらみであり、そこを握っているOSベンダー以上にパッケージとしての安全保障を提供する適任者がいないという話なんですけどね。もちろんサードパーティーストア側にOSを含めたプラットフォームのソフトウェア部分を完全に入れ替える用意があるのであれば、iPhoneにロックをかけるのはどうなのかという話ができるのですが、そもそもOSを含めたAppleのプラットフォームの上に載っておいて独占も何もないと思います(まあ、Appleが競合ソフトウェアを出してきたときに不利であることは否定しようがありませんが、そのリスクも含めてそのプラットフォームの上で商売ができると計算すべきなのですから)。
とはいえ、本来であればOSベンダーやストアがパッケージでセキュリティを保証するのではなく、個別のアプリに何を許すか、どのアプリを動かすかという点について、個々のユーザーが判断できるのが良いとは思います。その場合、OSベンダーの役割は、個々のアプリが何をしているかを判定できる動作ログと許容できない動作をブロックするための機能の提供ということになるかと思います。
もっとも、Appleの考え方としては、有料アプリの方が異物で、本来機能単位とラッパーが無料アプリとして提供され、Appleの提供する統一されたユーザーエクスペリエンスに包摂されていることこそが理想ということもありそうです。RADなんか本来そういう思想で、あれはプログラミングの専門家の効率向上よりもプログラミングの素人が目的に合わせたラッパーを作ることを目的としたものですしね。この考え方からは、ストアの課金制度はあくまでも一部の有償コンテンツの決済を包摂するための仕組みであって、ストアを維持するための財源ではなく、長期的にはAppleの用意した環境の中でボランティアベースの無償のコンテンツやアプリが流通し、ユーザーは端末コストのみでそこに参加でき、Appleはその世界を支える不可欠のビッグブラザーになるという話になります。これ自体は、ビッグブラザー云々を除けば、ジョブズやウォズの原風景とも整合する像です(Macintoshの最初の宣伝文句とも通じる部分があります)。ちなみにこのあたりの流れの話としては「パソコン創世「第3の神話」―カウンターカルチャーが育んだ夢」(NTT出版)があるようなのですが、原書が$24-、定価が3000円なのにamazon.co.jpで中古が1万円ということになっています(セコハン書店を回ればもっと安いものはあるでしょう)。既刊本の流通が実質セコハン書店任せという部分に言いたいことはありますが(2007年刊だったら版組は電子化済のはずで、電子書籍を半自動で作れるはずです)、まずは英語をちゃんと読めるようにして$10-のキンドル版を買えるようにすることが大事ということでしょう。正直日本は、出版社主体の絶版本の電子書籍化については非常に遅れています。
本当にAppleは“悪者”なのか 「フォートナイト」開発元の”宣戦布告”に覚える違和感
こういう見方もあるわけですね。そもそもストアの利用規定を受け入れたからこそストアに登録できたのに、条件をひっくり返すというのは確信犯だというのは説得力があります。
例のAppleのCMをそれこそEpic Gamesあたりが揶揄しているというのは非常にブラックな話です。健全なマーケットなるもの自体相当胡散臭いのは東証やユーロネクストあたりを見れば明白なので、AppleやGoogleにも悪者扱いされる理由は十分にありますが、似たようなことをやっているEpic Gamesあたりが芝居っ気たっぷりにそれを非難するというのはどうにも気持ちが悪いです。また価格が下がること自体は歓迎すべきであるにしても、その方法は問われてしかるべきだというのは、日本のかつての官業の民営化以降の経緯を見る限り(あるいは国際的にもカルテル潰しやフラッグキャリア、公営交通企業の民営化の結果を見る限り)否定できないでしょう(広範囲の垂直統合を図る独占的民間企業など、公的企業体による独占より悪い)。ここしばらくの競争当局によるプラットフォーム企業の規制にずいぶんと筋の悪さが見えるのも、そのあたりと相通じるような気がします。
マイクロソフト、Epic支持を表明 「ゲーマーなどに害を与える可能性がある」と指摘
アプリストアから消えたフォートナイト――「手数料30%問題」と「力関係の変化」を考える
まあ、MSとしてはそれこそここでApple Storeに穴を開けてあわよくばMS StoreのiOS進出などと考えていてもおかしくないわけですが。
とはいえ、フォートナイトが人気のあるゲームだとして、ではそれが遊べないとiPhoneの魅力がなくなるのか、あるいはiPhone上でフォートナイトが遊べないとユーザーが困るのかという点には疑問があります。フォートナイトを遊びたいのであれば、ユーザーは単体でAndroidスマートフォンを1台買えばよいだけです。回線契約をする必要すらなく、Wi-Fiでつないでしまえばよいのです。あわよくば、iPhone経由で携帯電話回線にアクセスできるかもしれません。もちろん格安MVNOのスマホバンドル回線を使ってもよいでしょう。あるいはMacなりPCなりで遊んだって良いでしょう。そしてそこでユーザーがメインのスマホをiPhoneからAndroid系に乗り換えるかと言えば、そんなことはまずないと思います。困るのは、Apple Storeで製品を売れず、あるいはiPhone上で動くゲームプラットフォームを作れなくなるEpic Gamesだけです。まあ、Unreal Engineを使っていた開発者は困るかもしれませんが、Appleとしては、これで開発者がiOSを含むマルチプラットフォーム開発をあきらめてiOS専業になってくれるのであれば問題ないと思っているかもしれません。iPhoneにしろiPadにしろiOSやiPadOSを動かすためのハードウェアであって、アプリやコンテンツ、あるいはサードパーティーの開発プラットフォームは取り換え可能で補足的な部品でしかありません。MS-Officeを動かすためのプラットフォームに成り下がってしまったMS-Windowsとは違うのです。
アップル対Epic前哨戦は引き分け。フォートナイト削除は妥当、Unreal Engineまでは不当と司法判断
ちゃんと決定を読んでみないとわからない部分がありますが、まずUnreal Engineが別アカウントで公開されていたという点が気になります。これはつまり、AppleがEpic Games関連のアカウント全てを一律に停止したということで、そうだとすれば、確かに過剰な措置だと判断する余地はあるでしょう。同じアカウントでポストされていた場合に、Fortniteの公開停止のみを妥当とするのか(この場合アカウント自体は復活させることになる)、アカウントの停止も含めて妥当とするのか、気になります。
「Unreal Engine を含む開発者アカウントの全停止については、Epicの主張を一部認め、アップルとEpicの係争は独禁法上の論点を含め両者のあいだで解決すべきものであって、ゲーム産業や他社、一般プレーヤーまでを巻き込む必然性はない。」という判断は、一般論としてそう言っているのだとしたらいささか杓子定規だと思います。結果としてゲーム産業や他社、一般プレーヤーまで巻き込んだとしても、AppleがUnreal EngineをiOSの不可欠の一部とはみなしていない以上、AppleはUnreal Engineを用いた開発について何の保証もする筋合いがなく、悪質な規約違反に伴って開発が継続できなくなったとしても、それはそうした質の悪い開発者の製品を選択した利用者側のリスクです。一般プレーヤーが特定のアプリを使えなくなるからなどと言ってアカウント停止措置が制約されるとしたら、アカウント停止措置自体が実効性を失ってしまいます。とはいえ、現段階では別アカウントで保守・提供されているものまで公開停止する必然性がないという文脈であれば、その状況で第三者を巻き込むべきでないという判断は妥当な部分があると思います。
何らかの理由でプラットフォームが使えなくなる、仕様が変えられてしまうというのはそれこそよくある話で、それに対応するのは開発者が取るべきリスクのひとつです。開発の基盤となるものだとしたらそのような事態が起きないように、起きるとしても十分な移行期間が保証されるように、プラットフォームや開発の仕方を工夫することは、むしろ当然です。それなのにリスクを負うべき第三者の迷惑をことさらに言い立てるEpic Gamesは、確信犯と言われても仕方ないでしょう。

■2020年08月16日(日)  移動するだけの価値がある
「急行電車の混雑」「エスカレーター歩行」はなぜ生まれるか リニアの必要性と“移動”の意味
まあ、納得できる論旨だと思います。もっとも、速達性を要件とするならリニア新幹線のような大量輸送手段は不要で、ビジネスエリアへの空港の配置と短距離離着陸の可能な小型旅客航空機の頻繁運行で十分なのですが。
移動時間を無駄と認識させないためなら、まず長距離列車でコンパートメントを提供し、かつコンパートメント単位の買い切りを提供すべきです(グリーン車はこの際廃止してもよいでしょう)。窓の外を眺めていれば時間を忘れる旅鉄ならともかく、東京〜名古屋間をコンパートメント内で内密の打ち合わせに当てられるだけでも、無駄感は相当減るはずです。問題は寝台車並みの乗車効率となってしまう点ですが、ベッドメーキングがない分安くできないですかね。なお、座席をボックスにしての会議はただの機密漏洩行為かつ周囲への迷惑行為ですので、論外です。
駅での移動は鉄道会社自身無駄と認識しているようで、とにかく可能な限り省くような工夫がなされてきました。とはいえハブ都市の乗換駅では限界があり、さらに乗換待ち時間の問題まであって、都市鉄道の頻繁運転を推進する原動力の一つとなってきたと思います。気を紛らわすコンテンツを提供するというのは一つの考え方ではありますが、歩行者への提供というのは余りいただけない気がします。飛行機のように待ち時間が長い場合はラウンジで気を紛らわせるという発想ができますが、鉄道の場合そもそも滞留時間や設備コストを引き下げるために待合室を廃止してきた経緯もあるわけで、余裕をもって駅に着いて待合室で待機などと言い出したら顰蹙を買うのではないでしょうか。とはいえ良案があるかというと、思いつかないのですが。
そして、それだけの価値があれば移動するべきだ、そのための手段があるべきだというのはその通りで、特に日本の場合、臨席や移動のコストをかけることが関係の醸成において重視されている面があります。もっとも、移動を無駄と主張する向きにはそうした関係自体が無駄と考える人もいるので(そんなコストをかけるくらいならより効率の良いヘッジ手段がある、そんなコストをかけさせる取引先とは付き合うなという話で)、そういう主張がみっともないかどうかは一概には言えませんけどね(正直東京〜大阪間だけが特別扱いされることにも問題はあると思いますし)。とはいえ、都市間高速交通自体を否定するというのは現時点では短絡的ではあるでしょう。
無駄論としては、むしろ、いざとなれば会える距離での移動頻度の低減を考える方が良い気がしています。つまり、新線を作れば済むレベルではなくなってしまった都市近郊鉄道における需要自体の削減です。都心への、あるいは都心を通過する通勤需要がなくなるだけで、都市近郊の交通事情は大きく改善するはずです。まあ、その通勤需要を当て込んで行われた(と言うと厳しい言い方で、その需要に対応するために行われてきたとも言えますが)投資がふいになるという問題はありますが、中期での財務レベルの問題でしかないので、公共交通が公共のものだという原則を見失わなければ解決は可能でしょう。

■2020年08月16日(日)  J-TREC横浜事業所は?
鉄道ライター・杉山淳一の「鉄道ジオラマ旅情」、第1回:横浜「京急ミュージアム」
名鉄と並んで、京急は地域に親しまれている印象があります。もっとも、あそこは運転が荒いことでも有名で、カーブと加減速で酔う人が結構出るのですが。
さて、金沢シーサイドラインは良いのですが、金沢八景〜金沢文庫間のランドマークにはもう一つ、J-TREC横浜事業所があります。京浜急行線からの引き込み線があるうえ、少なくとも東急車両製造のころには模型の売店などもあり、鉄道ファンには親しまれている場所だと思うのですが、記事本文にも写真にも見当たりません。いささか不審です。

■2020年08月15日(土)  だったらFacebookがApple税も負担したらよいでしょうが
Facebook、“Apple税”を間接的に批判 「コロナ禍のクリエイターを守りたい」
馬鹿かと。
本当に守りたいのであれば、出品を代行してApple税分を含めて依頼者に支払えばよいのです。広告業者の手先という汚名を晴らそうとする方策でなければただの販促ついでの嫌がらせでしょう。

■2020年08月15日(土)  中学生が買えるくらいでないとベーシックモデルとは言えない
ベーシックモデルのフルサイズミラーレスカメラ
「店頭予想価格はボディ単体が税込18万2,600円」
いや、値段としては合理性はありますが、どこがベーシックモデルだと。18万円も出して最下位モデルですなどと言われたら、ニコンに恨みを持つ他メーカーのユーザーが産まれそうです。「いつかはニコン」などと言っていてソニーあたりにシェアを奪われたらどうしようもないでしょうが。そもそもAPS-Cとフルサイズでは目指すものが違うのですから、エントリーモデルならどちらでもボディのみで10万を切る程度にして欲しいものです。
いやまあ、是非ともZ7を買って欲しい、他のモデルはニコンであればよいカジュアルユーザー向けのおもちゃだというならありでしょうけどね。

■2020年08月15日(土)  「操作」と言われましても
あらゆるアプリを同じ操作で
それこそコピーやペーストのような一定の概念がある機能ならともかく、操作に結びつくべき機能はアプリケーションごとに異なります。それこそテキストエディタにしても、機能は内容もグラニュラリティも異なります。結局アプリケーションごとにキーマッピングを行わなければならない点はどうにもならないでしょう。もちろんWM_KEYDOWN/KEYUPをフックすればあるキー操作を別のものとアプリケーションに認識させることは可能ですけどね。とはいえあらゆるアプリを同じ操作でという形にはできないと思います。

■2020年08月13日(木)  筋が悪いような
先端技術者の信用度に資格新設へ 中国への警戒感にじむ
胡散臭いですね。
もちろん口の堅い人を必要とするという事情は分かるのですが、そこに組織内部のではなく公的な資格という形で国が関与するのが適切かどうか。特にソフトウェア方面の先端技術者にはアナーキーな人も少なくないわけで、締めつけた挙句に人材の方が逃げ出したなんてことにならないとよいのですが。

■2020年08月11日(火)  証券取引って仮想化できないものですかね?
仮想通貨が一応真面目に話題に上るようになってきている時世ですが、正直何を仮想化したいのかが問題ではないかという気がしています。元々は暗号通貨自体は送金の効率化を前提にしたものではないかと思うのですが(貨幣発行量の制御や価値の維持の話は仮想通貨関連ではどうにも胡散臭い部分があるので)、国家の計算通貨を仮想化した場合送金業者がまず無用になるような気がするのですけどね。両替商は残るでしょうけど。
さて、現代では立派な金融商品である通貨ですが、金融商品の花形と言えばやはり株式や債券ではないかと思います。これらも、少なくとも二次市場での取引については大変仮想化向きではないかと思いますし、一次市場も仮想化のメリットを受けられるのではないかという気がします。一次市場の場合とにかく現金化する必要があるので引受先をどうするのかという話が出てきますが、理論的には、商品ごとの帳簿の名義人を書き換えるだけで済むはずです。また理論的には二次市場と同じ仕組みで発行することもできるはずです(ただしこの場合発行者が最初の名義人になるので最悪売れ残りが発生する)。一応電子証券のような形は導入されつつあるので、実質的な仮想化は進んでいくはずですが、業者主導ではコストの低下を図ることは難しい気がします。まあ、手数料は下がるでしょうが、本来取引業者のような仲介人を介さないでよいことが仮想化の恩恵のはずなんですよね。もっとも価格形成過程を擾乱するような取引を規制するという面からはPeer-to-peerな仮想化には問題があるかもしれないのですが。
というか、実は市場における金融商品取引には現物自体は必要ないという話があります。つまり賭けのチップみたいなもので、清算の際のバジェットが決まっており(開始から終了の間に不用意にチップの総量が増減したら話が混乱しかねない: 新規発行や自社株買いが問題視されるのはそういう理由です)、かつ参加者の間で一定のルールでそれを取引するという合意があればよいのです(例えば空売り、空買いは精算時に解消することになる)。うさん臭さはともかくとして、現物をやり取りする上でのなにがしかの便宜のためにこういう仕組みを借りてきているわけで、それが仮想的な帳簿やその操作に変わるならそれもそれでよい気がするのですよね。

■2020年08月11日(火)  銀行の仕事はお金を動かすことです
お金貸したらサヨウナラ? コロナ融資で甘い蜜吸う銀行
それで何が悪いのやら。
というか、銀行に指導してもらわないと事業が立ちいかないような経営者にお金と合わせててこ入れをするとしたら、まず最初にすべきなのはその経営者を経営者のポジションから下すことでしょう。
ともあれ、銀行の仕事というのは役所の窓口も含めてお金を動かす窓口、道具であることです。資金移動の効率のためという名目で預金口座を作らされて口座はともかく銀行の外にお金を出させてもらえないというのは問題でしょうが、そこさえなんとかなるのであれば、経営コンサルタントみたいなことはむしろすべきでないのです。今時銀行の紹介する取引先などあてになるものではないというか、むしろいろいろな意味で疑わしいのですから。

■2020年08月09日(日)  本人は親愛の表現や適切な管理のつもりなんでしょうか
リモート飲み、男性が「スッピン見たい」 リモハラ急増
ええと、こういう馬鹿どもがいるからテレカンは全部録取なんていう話になるわけですが。
別にテレカンだから起こる事情というわけではなく、そもそも日頃の心構えが悪いわけです。席にいて仕事をしているのでないとサボっているなどという料簡だから標準作業量ベースの管理ができないのだし、プライベートな事情を話せるのがいい関係などと勘違いをしているからすっぴんを見せろだの家の状況を見せろだのと言い出すわけです。もっとも客観的に妥当な標準作業量を定めるような科学的管理法を教わったこともなければ親密になる以外の関係構築を身に着けてもこなかった(そんなことは日本では行われていません)人たちなので、まあ、事を荒立てるしか対応方法がないのです。どうせ目の前の人を排除しても同類が金太郎あめのように現れるのですし。

■2020年08月08日(土)  E-Ink生き残りますかね?
書籍は紙の書籍と同じサイズで読みたい
10インチオーバーのタブレットなんていくらでもあるだろうと思ったのですが、E-Ink限定ですか。それなら納得がいきます。
とはいえ、電子書籍ビューアー専用機というのはどこまで需要があるのか。いやまあ、本を読む人はたくさんいるわけですが、そのためだけに一万円のビューアーを買う人がどれだけいるか。それなら紙の本を買った方がましだと思う人も多そうです(これなら少なくともセコハン書店に売り払えるし)。まして、娯楽書を読むならともかく、電子書籍ビューアーは本を読むのに適したデバイスとは言えません。なにしろ、並べて開いておくことができないのですから(タブに対応したビューアーもありますが、せめて複数タイトルのタイル表示に対応していただきたい: もっともその場合、テーブルサイズのビューアーが前提になりますが)。いやまあ、それは個人的な希望なので棚に上げておくとして、一万円以上のビューアーを買って、さらに定価でコンテンツを買ってみようというのは相当奇特な人ではないかと思います。

■2020年08月08日(土)  発想は確かに日本的ですね
日本の駅の不思議
簡易盗難防止装置
ロッカーを置くスペースがないための苦肉の策だと思いますが、そもそもこの程度の固定、他の国ではペンチで切って持って行きますよね。「放置じゃない」と示せればよいというレベルのサービスで(まあ、監視もあるのでしょうが)金を取るという、実に日本的な発想です。見本のトランクは…まあ、他にやりようがなかったのかなと。もちろんよく見かける発想ではあるのですが。
子供用トイレ
そもそも子供だけで駅なんか使うのか?という話ですが、まあ、日本では小学生くらいになると子供だけで鉄道に乗りますからね。昨今物騒な話も多いですし、専用設備と相成ったのでしょう。
レンタルオフィスブース
ええと、これはせいぜい一昨年あたりからの新しいものだと思います。出版社に打ち合わせに行った時くらいしか都内で使うことはないと思いますが、少なくともJR東日本管内では主要駅に展開しているようなので、仙台にでも遊びに行くときに使ってみるとよいのではないでしょうか。もっとも安くはないのですけどね。ノートパソコンでメールでも出すのでなければ電話くらいしか使い道がないですし(いや、10分くらいの目覚ましをかけて昼寝くらいはできるのか?)。というか、デスクなしなら公衆電話の箱型ブースが防音機能も合わせて近いのですが、こっちは減少傾向だと思います。
さすがに駅でラウンジではなくこんなブースを15分250円という値段で賃貸しする発想は…少なくともヨーロッパはないと思うなあ。アメリカ合衆国はやるかもしれませんが。

■2020年08月08日(土)  戦争体験者として戦争を娯楽にはできなかったとでもいうならまだわかりますが
戦争体験者の魂が乗り移るとき
この本(日本の戦争映画)、Amazon.co.jpのレビューははっきり言って悪いです。
ただまあ、感想レベルのレビューなんて人それぞれなので、本のコンセプトがわかって読むのであれば良い評価も出るだろうとは思います。その意味では、タイトルのつけ方が悪いとは言えるかもしれません。もちろんこのタイトルはいつの戦争映画かは示していないので、戦後の作品だけを扱ってもおかしいわけではないのですが、やはり時期を限定するなら副題でもつけて示すべきでしょう。もちろん本の紹介を読めばコンセプトは明白です。また、作品紹介の部分の評価が悪いようで、そこでだれてしまって読み込み切らない面があるのかもしれません。
その上で、
「そうしたら、岡田さん(東映社長)はそれが困るんだと。それはまあ、真実には違いないんだけど、それだとお客は泣かないというんだよ(笑)。」
いやこれ、たぶん脚本の出来が悪いんじゃないですかね。多分ここまで言うということは、東映社長の岡田氏も脚本は全部読んでいるわけです。その上で、ここで泣けないと娯楽作品としてカタルシスがないと判断した。一方で、乃木希典というのはそれなりに劇的な人生を送った人で、例えば最後は明治天皇の崩御に際して自裁しているわけです。つまり戦況報告のシーンを事実に沿って書いたとしても(緊張感のある怖いシーンになると思いますが)作品全体をカタルシスのある形に仕上げることはできるはずで、そこでお客が泣かないと言うのは、せめてこのエピソードくらい泣かせないと泣くに泣けない話になっていたのではないか。娯楽作品でそんな脚本を書いてしまったら、それは経営者にして映画評論家としては苦言ぐらい呈するでしょう。1980年の作品ですから、全く救いのない作品というのはホラー以外の娯楽作品としてはアメリカで出始めたくらいで、日本の娯楽作品市場で観客がそうした演出、筋書きに理解を示すようになるのはもう15年は後です。それを「戦争情話」と評するような人が脚本を書いている、それも社長が止めてようやく方針が変更されたというのは、どうも製作陣のコンセプトがおかしかったのではないかと思わざるを得ず、どうにも共感はできません。

■2020年08月07日(金)  作れても作っちゃいけないものってあるでしょう
XboxゲームパスとxCloudがiOSで利用不可、アップルの制約のためと判明
MSが大量に審査を申請してAppleのキャパが溢れたとでも言うなら別ですが、MSが登録されたコンテンツについて代理でAppleに審査を申請すればよいだけで、無理筋なんてことはないと思います。もちろん単なるマーケット、つまり主催者が商品を管理していないプラットフォームであれば無理筋ですが、これはそもそもAppleのストアの趣旨から外れます。またAppleがxCloudをOSの制約をバイパスする手段と見做しているのであれば、OSの安全性に脅威を与えかねないとして承認しないことは理に適っています。少なくともコンテンツ側に端末にデータを書き込む手段が用意されている場合、コンテンツごとの審査を要求することには理由があるでしょう。一方で端末が単なるビューアーでしかなく、コンテンツの生成するデータが全てサーバー側に保存される場合、セキュリティ上の問題は少ないでしょう。とはいえAppleの課金システムを実質的にバイパスする形になる以上、iOSの上で動いて欲しくはないだろうとは思います。
正直プラットフォームの提供者の方針に明白に反するのにアプリの公認をごり押しする方がおかしい気がします。

■2020年08月07日(金)  手書き帳票の読み取りだったら現場レベルの開発で済むでしょうに
コロナ禍があぶり出した日本の“デジタル敗戦“ 「デジタル化推進基本法」に向けた準備と「逆都市化」の提言とは
これは反省なんでしょうかね?デジタル化が必須などという話を含めて、眉に唾をつけて読むべきではないでしょうか。むしろデジタル化と集中化が進んだが故の対応の混乱と見るべきではないでしょうか。
手書き帳票の話だって、下手に集中管理システムを作ってしまって、完全オンライン処理などという理想を追ったために手書き書類の処理効率を改善するモチベーションが起きなかっただけで、手書き書類からの自動入力処理など今時パソコンでもできますし、ソフトウェアが統一されている必要もありません。工程表を間違ったのではないでしょうか。

■2020年08月06日(木)  オートフォーカスでピントが合わないのは当たり前では
第3回:PENTAXの一眼レフ宣言によせて(銀塩編)
「もちろん、人それぞれの趣味ですけど。 」
まあ、ここに尽きるんですよね。で、その趣味の一流派として見れば、あの宣言自体は有りだとは思います。営業戦略としてはどうかとは思いますけど。もちろん、複写機で十分儲けているので、カメラは趣味を貫きますと言うならそれでよいのですが。
しかし、オートフォーカスなんて信用できますか?コントラスト方式のAFを使っていますが、狙ったところにピントを合わせてくれないことはしばしばあります。まあ、2009年のモデルなんで、今のAFは良くなっているのかもしれませんけど。
それと、自動システムというのはオペレーターの意図を読み取って動作するものなので、頭の中を覗かれているのは当然です。そしてライブ感についても、私などは一眼レフのファインダーを覗いていて、本当にフィルム面と光路長が同じなんだろうなと不安になります。そこが間違っているとピントが合いませんからね。その意味で、実際に撮影に使うイメージングデバイスからの情報を使えるミラーレスのシステムは安心感があります。もちろんカメラと一体化して写真を撮っているという感覚には欠けるのでしょうが、個人的にはそこは求めません。「カメラで」写真が撮れればよいのです。でもってカメラが何を考えているのかオペレーター側で把握できればトラブル防止になるので、答えが出ているミラーレスの方が良いわけです。まあ、このへんはまさに個人の好みの問題です。

■2020年08月05日(水)  社会とはそこまで脆弱なものか
感染防止を盾に、権力は生に介入する 東浩紀さんの懸念
もちろんこの懸念自体は正当なものです。店舗の営業規制にしろ出勤の規制にしろ介入そのものであり、個人がどう生きるか、どのように行動するかを公権力が制約することになります。
しかし、拡大した公権力はすでに生に介入しています。現金がないとそもそも土地すら維持できない貨幣経済は現金を牛耳っている公権力の生への介入に他なりません。事あるごとに電話番号を書かされるのは、電話という寡占的商用インフラを介した拡大公権力への拘束と公権力やその一端を担う公的商業主体からの呼び出しへの待ち受けの強制です。衛生と資源管理、環境管理の名の下にあらゆる活動は公的商業主体に集約され、さらに高額の規制対応投資に媒介されて大規模資本の下に統合されています。
また、集まる権利はすでに都市環境の維持コストの上昇という形で問題を起こしています。これは、通勤需要が都市外周の交通システムを飽和させつつあることからも明らかです。また都市への集約による単価の減少と低コストのインフラへの依存、そして市場への集約によるリスクのコストへの転換は産業構造自体を脆弱化しています。また保険制度は保険者と被保険者の双方にモラルハザードを引き起こし、特に保険者側に過大なリスク負担によるカタストロフィーのリスクを生じさせています。
その一方で、テレコミュニケーション関連技術の発達はより疎でボラティリティの高いつながりを生み出しつつあります。生活史からの指摘に見られるように市場はまたコミュニケーションの場であり、近代思想は理想的な市場に見られるような疎でボラティリティの高い関係性と社団に代表される密で安定した関係性の狭間から生まれてきました。そして、密で安定した関係性は一般に復古思想の形で主張されたと言えます。この半年間、確かに物理的に集まることは規制されましたが、電話をかけることもSNSで声を交わすことも制約どころか「自由な社会」ではむしろ奨励されました。テレワークブームも本質的にはその流れの中にあります。
「社会活動」をより抽象化した関係性の観点ではなく物理的集合・接触の観点からだけ捉えて重視することは、本質論というよりはむしろ参照の域を超えた先祖返り、復古思想であるように思います。哲学におけるいわゆる「生」の議論に復古主義や全体主義の臭いがする方が、私は懸念されるべき問題だと思います。むしろ現代社会におけるsocietasは外出禁止、イベント禁止で崩壊するほど脆弱なものではないと思うのです。

■2020年08月05日(水)  いい加減吊し上げのために国会を開くのを止めた方が良いのでは
自民議員も「臨時国会開いて」 党幹部は早期召集拒否
なんというか、それなりに対応すべき案件が積みあがっている状況で、質問で吊し上げにあう割に責任を取る気のない国会を開きたくない行政側の事情は分かる気がします。もっともチャールズ一世ではありませんが、国会を開かないと財務面での大きな決定というのはできないため、おそらく台風の時期には一回は開かないといけない羽目になるとは思うのですが。
まあ、法案がないから開かないというのはおかしくて、なら野党側からこういう法案を提出して審議したいから国会を開けと言ったら応じるのかということになりますが、そもそも憲法の規定上、例えば2020年8月現在で野党の衆議院議員全員が招集を求めた場合、内閣は合理的な期間内に国会を召集しないといけないはずです。とはいえ国会が開かれれば内閣はその対応をしなければならないため、内閣として国会で決めてほしいことがなく、つまりはコントロールに手間のかかる国会審議にメリットがなければ、開くモチベーションが湧かないというのは合理的な話です(というか、それで対応に業を煮やして国会を解散して、行き詰った挙句に国会を開いたら内乱になってしまったのがイングランド国王チャールズ一世なのですが)。
もちろん政権の行動を検証する場が国会しかないことは理解しますが、国会というのは少なくとも現行憲法下では政策決定をする場であって、政府を追及する場では本来ないはずです(もちろん内閣総理大臣を指名し内閣を信任することは国会の権限なので、その一環として内閣を吊し上げてもよいのですが)。逆によほど無茶な制約でない限り、内閣不在の状態で国会が政策の方針を決める法案を議決することには何の問題もありません。例えば時限立法でCOVID-19対策法案を議決すれば、内閣は期間中それに従って対応をしなければならなくなります。もちろんあまりに制約的な法律だと内閣が憲法違反を理由に国会を裁判所に訴える事態になりかねませんが、そもそもそこまで内閣の政策に反する法案であれば、衆議院の多数派であるはずの与党が反対して議決できないはずです。国会単独ではできないのは予算の審議(予算案と決算は内閣が提出する)程度で、天皇陛下の臣民の時代ではないのですから、内閣はこの時期までにこういうことをするべしという法律を作ったところで(官僚と法律家は渋い顔をするかもしれませんが)問題はありません。せっかく国務大臣が国会審議に出席するのは嫌だなどと言っているわけですから、欠席を認めてあげて与党の票数を減らし、内閣抜きで審議と採決をしてしまえばよいのです。一定数の与党議員さえ巻き込めば議決した法案を差し戻す権限は内閣にも天皇にもありません(通説ではありませんが天皇が公布を拒否できるという説はあったとは思いますが、やった場合大問題になるでしょう)。

■2020年08月04日(火)  当然の動作だとは思いますが、不便ですよね
アップル、電源に繋いだMacが「充電されていません」と表示される理由を説明
もちろんバッテリーという機材の性質からして、こうした動作自体は納得のいくものです。とはいえ、ユーザーとしては電源につないだ以上満充電になっていて欲しいし(つまり外したとき標榜する時間分はちゃんと動作して欲しい)、バッテリーがへたってACアダプタを外せないという事態も我慢ならないわけで、寿命を延長するためとはいえ満充電されない状態がありうるとかACアダプタが故障している可能性を示唆するようなメッセージが出るというのは不便ではあります。Appleの超絶(笑)UIテクノロジでなんとかならないものですかね。

■2020年08月04日(火)  あまり謎ではない気がしますが
約1000台の偽造iPhoneを本物に交換した親子が逮捕。AppleCare+を悪用
いやまあ、Apple StoreではIMEIが正規のものであればとりあえず疑わないにしても(そして交換済みのものはチェックすることなく再生処理に回してしまうにしても)、税関ではiPhoneがどうにもAppleとは無関係に見える第三者間で50台も輸入されていたら不正取引を疑うと思いますし、おそらくX線にでもかけてみれば内部構造で一発でばれるのではないかと思うのですが、一方で容疑者の主張は、さすがに1000台やって「親切のつもりでした」は通らないと思います。
ええと、これができるというのは、私が不見識でした(7/7 「数台かすめ取って横流しされた程度で相場が下がるわけはないと思いますが」)。マーケットボリューム次第では、1000台投げ売りされればそれなりに影響が出かねません。
まあ、損害としてはたいしたことはないとは言えると思いますが、正直これをやられると、確率論で保険をかけること自体が難しくなってきます。本来利益に比べてコストが小さいからこそ少額の手数料で交換などという芸当ができるわけで、正当性のチェックを厳重にするとなると、高額の手数料を取るか端末価格を上げてコストを賄うことになります。割に合わない確率でばれるとなれば抑止が効いてくるとは思いますが、そもそもチェックを継続しないと抑止効果は持続しません。壊したらユーザーの責任と言うのが一番シンプルではあるのですが、それではユーザーの安心は買えません。原因を確認の上補償に相当する事案と確認できれば交換するというのが無償であっても不便を強いるものであるのは、経験があります。本来、壊してもすぐに買い替えができる、故買品を安売りするにしても元が取れない程度の値段であることが望ましいのですが、さすがに一応高級志向の製品なので、回線会社の特売を除けばそんな値段にはならないでしょう。コストからはあの値段を容認できても、携帯電話端末という製品の性質からはできません。なので性能を追求するとはいえわざわざあの値段で端末を売りまくってブランディングまでしているAppleがその値段故に商品をかすめ取られた事例に同情はしないのですが、そこまで保証してくれるならあの値段でもよいとApple製品を買う顧客の利便が脅かされることは問題だと思います。

■2020年08月04日(火)  銚子市なんとかした方がいいんじゃないの?
銚子電鉄の“自虐お楽しみ袋”が人気! その名は「鉄道会社なのに自転車操業ギフトセット」
もうお家芸化して誰も不思議がらなくなりましたね。
もちろん鉄道事業の不振自体はある意味仕方ない話で、相当抜本的にコストを削減する(事業コストの削減ではなく、優遇措置などを駆使してそもそもコストが発生しない構造にする)のでなければ減便や廃止もやむを得ないと思います。自虐芸で時間を稼いでいるにしても、それはよくやっていると言うべきで、むしろ従業員や地元住民を説得できもせず、かといって自力でまともに経営できるわけもない行政当局に問題があります。
とはいえ、さすがにネーミング本意のアイデア商品の開発に頼って経営を続けるのはリスクが大きすぎます。そちらが倒れれば鉄道事業自体倒れるわけですから、経営陣には会社全体の収益性の改善を目指してほしいものです。ここまで時間が経つとそれが普通になってしまっていそうですが、「何のために銚子電鉄を続けるのか」を見据えて、そのために何をすれば会社の経営が安定するのかを考えてほしいのです。まあ、決して易しい話ではないのですけどね。

■2020年08月04日(火)  「半」では意味がない
“引きこもれる”半個室で、集中して在宅勤務 パナが発売
ちゃうねん、それじゃないねん。感溢れる商品です。
正直コクヨとの志の違いとでも言いたくなりますが、そもそもパーティションで何とかなるレベルなら苦労しません。遮断しないと意味がないのです。これでよいのだと言うなら、これで仕切られた雑居区画でneed-to-knowのテレカンでもやってみなさい。しかもそれで8.8万円て、こんなのホームセンターで板と材木でも買ってくれば作れるわけで、キットだとはいえこの値段はないでしょう。所詮、オフィスを考え続けたコクヨと住宅設備ベースのパナの違いということでしょうか。

■2020年08月04日(火)  合法ロリキャラに酒かい!
秋葉原のランダムな写真❤︎
ええと、これでしょうか?
【グッズ-お酒】Re:ゼロから始める異世界生活 ラム ロゼワイン
注意: 移動時に年齢確認があります。

というか、何とちくるってんだというか、日本らしい商品であること自体は認めますが、企画したアニメイトの正気を疑います。人気キャラであるばかりにお気の毒に。酒の宣伝娘になんかされちゃって。酒の宣伝などロズワールさんがやっていればいいのです。それがレムとラムとベア子。まあ、レムは原作では外伝系の話でお子さんも出てくるので、かわいい系と言っても合法ロリの類なのですが(あのフレンチメイド服はおそらくロズワールさんあたりの趣味)、確か酒を嗅ぐとぶっ倒れてしまう系であって、王国の大貴族のお嬢さんや関西弁のお姉さんなどいかにも酒を嗜んでいそうな綺麗処はほかにいるのです。酒に一家言ありそうなむさいおっさんも何人か出てきますし。美琴ちゃんはノンアルにできたんですから、酒類にする理由はないはずです。

■2020年08月03日(月)  事業継続というからには自力では継続しがたい事情があったのでしょうか
ベルボン、三脚事業をハクバに譲渡
少々驚きました。三脚と言えばベルボンの主力事業であったはずなのですが、会社のサイトには現状変更はないようです(修理窓口の変更のみ告知されています)。ハクバも写真界隈では名の通った企業ですし、事業をおろそかにすることはないと思いますが、ここまでメインの事業を事業単位で売却した場合、売ったお金を原資に会社を清算というのが想像されてしまいます(それで、売り飛ばした事業には債務がないことになりますから)。何か、自力での事業継続に支障が出ていたのでしょうか。逆に主力事業を転換するための旧主力事業の売却ならば、新しい主力事業を押し出す形にサイトが様変わりしていてよいはずです。経緯の報道が待たれます。

■2020年08月02日(日)  まあ、ここまで頑張って折らないでもいいという話はありますが
お懐紙を折ってみましょう!
お金を返すときに使うというのは正しい応用だと思います。
一応、渡すときにうっかり開いてしまわないようにするのが礼儀ではありますが、あまり頑張って折る必要もなかったとは思います。
というか、懐紙や袱紗は小型の贈り物を包む際の定番ですが、もともと中流以上の人の身だしなみ系の小物の一種で、茶道を始め対人系のマナーでいろいろと便利に使います。現金を包んではいけないというタブーがないのは事実ですが、銀行に備え付けてある封筒みたいなものです。もう少し古いと、貨幣を定額で包んで渡した封でしょうか。まあ、包装することに何らかの意味を見出していたわけです。
口座間送金の場合包装のしようはないわけですが…なんか定型のメッセージを添えるようなギミックは実装されそうな気がしますね。

■2020年08月01日(土)  ケーブルの統一よりも交換できるバッテリーと充電器が欲しい
Type-CがさらにややこC
まあ、充電周りは、最近電力消費の大きい機器も増えてきたこともあり、統一と言っても色々難しいと思います。
というか、充電時間短縮というのは確かに便利でしょうが、正直使える場面が限定されます。バスの中で電池が切れたが席にあるのはType-Aの給電口だけということだってあるのです。というか、迂闊に100Wクラスの充電器を車両のACコンセントにつないだ場合問題が起きるかもしれません。
バッテリー交換とバッテリーチャージャーの復活を期待しています。まあ、持ち物は増えてしまうのですが、とにかく宿のコンセントにつないでバッテリーを挿しておけばいい、バッテリーの数が増えたらその分チャージャーを買えばいい、バッテリーが切れたら充電済みのものに交換という単純明快さこそ利便です。昔は海外旅行でチャージャーと電圧が合わない、トランスでは容量が足りないという問題がありましたが、今時はチャージャーの方がユニバーサル電圧変換機構を持っているため、最悪近所の雑貨屋でテーブルタップを買って、コンセントのアダプタを取り付けてぶっ指すだけです(100V用のテーブルタップを200Vや240Vのコンセントに挿して使うのは止めた方が良いでしょう: マージンは取ってあるはずですが、熱に負けたりコード内でショートする可能性があります)。まあ、ないでしょうけどね。

■2020年08月01日(土)  普通のカメラは難しいですけどね
「カメラ、はじめてもいいですか?」(1) しろ, 少年画報社, 2020/7/30
こんな連載を始めていたのですね。絵的なハイライトは185-188ページの見開きシーンです。電子コミックの見開きモードだとクリックで夜明け前から夜明けシーンに切り替わるので、少しびっくりします。
正直カメラというのは高価です。作者が「えいやっと」買ったNikon D50+Sigma 18-200 F3.5-6.3はわりとエントリークラスの構成でお手頃価格のはずですが、20万はいかないというところでしょうか。レンズ交換式なら、レンズ1本込みで基本的に10万円は覚悟しないといけません。近頃の高校生は金持ちだとは思いますが、それでも思い切って買うレベルのおもちゃだと思います。RICOH GRのようなコンパクトでも、定評のあるまともな機種を買うと5万円は超えてきます。まあ、写れば後はどうでもいいエントリークラスなら1万円台からあるはずですが、それならスマホの方がましです。主人公はお隣のお姉さんからカメラを借りていますが、おそらく値段を知ったらひっくり返るのではないでしょうか(もちろん主人公以外は値段を知っていると思われます)。
そんなカメラですが、スマホのカメラとの違いは、個人的にはピンボケするかどうかだと思います。スマホのカメラというのは驚くほどにピンボケしません。一方普通のカメラは、ピンぼけさせずに撮る方が困難です(「何撮っても素敵に映る」なんてことはありません: まあ、絞り開放の滲んだような絵を気に入ったのなら別ですが)。オートフォーカスなどと言いますが、顔認識まで駆使していても目標にピントが合わないことが多々あります。人間以外の場合、ほぼ確実にまともにピントが合いません。いや、目標に近いところに合ってはいるのですが、手前にある物体に影響されるなどして、肝心のものがぼけているのです。これはスマホのオートフォーカスが高性能なのではなく、まずスマホのレンズの焦点距離が短いこと、そして場合によっては高速シャッターと画像処理を組み合わせた合成処理のためです。レンズの焦点距離が短く、開口率が小さい(F値が大きい)とピントの合う範囲が前後に大きくなるのですが、スマホのセンサーサイズは小さいため、同じ画角でもレンズの焦点距離は短くなります。レンズ交換式でも、画角とF値が同じであれば、35mmよりもAPS-CやM4/3のほうがぼけにくくなります。長沼先生が「反応に困る」のも、ひとつにはこの、実用上はパンフォーカスなスマホの感覚で一部にしかピントが合わないのが普通のカメラを使って撮るためではないかと思います(もちろん、例えば撮りたいものがでかでかと写っているだけの写真を見せられて困惑するのもあるでしょうが)。
また、スマホの画面に映っている絵が撮れるのと異なり、カメラで撮った場合イメージ通りの写真というのがなかなか撮れません(フィルム時代も、現像が上がってきてびっくりということはよくありました)。電子ファインダーやライブビューの場合補正済みの絵が表示されているはずですが、それでも持ち帰ってパソコンで表示すると、イメージと全然違うのが普通です。というか、目で見たものとライブビューに映った絵で色味が違うなどというのは日常茶飯事です。それをイメージに近づけるためにはシャッターボタンを押すだけではだめで、様々な設定をいじっていく必要がありますし、面倒なので一番細かく写っている設定(まあ、露光補正だけいじれば対応できます)で撮ってしまって持ち帰ってソフトの補正機能でいじることもよくあります。
カメラでは、むしろ最近はぼけることを活かす方が主流だと思います。昔は、小さなF値で撮るとレンズの収差が強力に出るうえピンボケを避けることが難しいため、風景写真などはひたすら絞ったものですが、今では開放でもよく収差の押さえられたすっきりした像になるレンズも多く(むしろ絞りすぎると回折による像の滲みが出ることがある)、ボケもきれいなものが多いため、パンフォーカスが必要な状況でなければ比較的小さなF値で撮ることも少なくありません。また、前ボケや後ボケを活かしたポートレートのような風景写真も出てきています。とはいえ間違えるとボケだらけの写真になるわけで、出来上がった像を見てまず撮った本人ががっかりする羽目になります。
そんな面倒くさいカメラを始めてしまった主人公ですが、早くも星の写真などというニッチな領域に踏み込んでいます。もちろん撮りたい人は多い分野なのですが、作中にある通り撮影条件が非常に特殊であるため、三脚(とレリーズケーブル)が必須(本気で長時間露出をやるなら赤道儀も必要: そしてその赤道儀を載せるため三脚がさらに丈夫に、重くなる)、ちゃんと本に出てくるような写真を撮ろうと思うと場所選びも大変で、そのわりに思った通りの星空を撮ろうとすると時間帯も限られ、雲が出れば出直す羽目になるという大変な世界です。夜景と星空を見たとおりに出そうとすれば、露出を変えて夜景と星空を撮ったうえで合成するようなことにもなります(最近のスマホはこれを自動でやってくれるそうですが)。パソコンかタブレットまで買う羽目になるのか、撮って出しができる範囲でカメラにはまっていくのか、先が気になるところです。
ちなみに主人公のカメラはFUJIFILM X-T20。アニメでほのかちゃんのカメラがフジになったのはそういうことでしょうか。まあ、レンズ交換式カメラを始めるならAPS-C以下のミラーレスがお勧めではあります。35mmの一眼レフレックスは、ある程度取り回しに慣れて腕と肩の筋トレをしてからでもよいと思います。というか、Pentax Kで重いって、それじゃ他社の一眼レフなど持てるはずがありません(筋力と精神力でカバーというのはもっともではありますが、その根性は交換レンズを増やす方に向けた方が建設的だと思います)。メカメカしい操作系で好感が持てますが、レンズがほぼ純正一択です。悪いわけではありませんが、沼にはまるとか変なものを選ぶという点ではお勧めできません。変なレンズを使おうとするとほぼ確実に他社製品に乗り換えることになります。ついているレンズはXF35mmF2 R WRでいわゆる標準レンズになります。キットはXF18-55mmF2.8-4 R LM OISのはずですが、標準レンズがついているところがチサトさんのこだわりでしょうか。27mm、あるいは場合によっては18mmも風景を見る際の人間の視野角に近いため初心者向けのはずですが、樽型歪みが出やすいことを嫌ったのでしょうか。標準レンズを使っている場合、次に買うのが望遠か広角かで趣味が分かれます。おそらくチサトさんは50mmと14mmを持っていると思われますので、どちらを借りるかがトピックになると思います。

なお、まず「カメはじ」こぼれ話1の「千葉県最南端」というのは、たぶん最北端の間違いだと思います。南端だと、たぶん館山あたりになるんですかね?次に2話のおまけコラムで「ビッグカメラ」とありますが、よく間違える人がいますがあれは「ビックカメラ」です(アルファベットでもBIC CAMERAなのです)。それから3話で主人公が夕日を撮っていますが、NDフィルターなしで太陽を撮ることはお勧めできません。また露出が太陽に引っ張られるため、適正露出で撮るのは結構難しいです。そして「カメはじ」こぼれ話2の「フィルム時代にこのサイズのフォーマットのフィルムが主流になった要因は」とありますが、文脈からはこのサイズというのがAPS-Cであるように読めますが、歴史から考えると35mmだと思います。というか、APS-Cは富士フィルムがコンパクトカメラ用のフォーマットとして推した挙句に失敗しているので、まかり間違うと嫌味になりかねません。それと、サブタイトルについている「Can I begin a camera?」ですが、英語としては間違っています。beginは動作やコトを始めるという意味なので、モノを表す可算名詞を目的語には取りません。「写真を撮る(活動)」に相当する語は、日本語では「写真」のほか機材であるカメラにそういう意味がありますが、英語の場合ほぼphotography一択、taking picturesで辛うじて通じるあたりでしょうか。仮にcameraをそういう意味で使うとしたら、冠詞なしのCan I begin camera?になるかと思います(アクティヴィティは数えられませんから)。チサトさんあたりが入りかけている他人に訴える作品としての写真を作る活動は、artistic photographyあたりになるかと思います。広告用などの写真はcommercial photographyですね。報道記事用でしたらjournalistic photographyでしょうか。
そしてナギさんのカメラであるZ50。「目に見えない部分でも決して手は抜きません」とありますが、ミドルレンジのモデルではおかしな手抜きをしていることが結構あります(F二桁やD二桁で、正直FMやDfの方がよほどいい)。Z50は現在その手抜きの最右翼で、画像処理エンジンをケチり、秒間のコマ数が少ないという批判があります。よりによって単行本刊行と前後して35mmセンサーのZ6の後継モデルと言えるZ5が出ており、エントリーモデルとしての立ち位置が危なくなっています(もっともZ5も手抜き具合までZ50に近いのはどうかと思うのですが)。
長沼先生の嘆く「通報」。私はこれが怖いので人を撮るのは完全に投げました(元から面倒だとは思っていたのですが)。ただしコラム中で触れられている高校生マジックは女子高生限定ではないかと思います。中学生くらいならまだしもですが、ニキビ面の高校生男子が近寄ってきたら今時の親御さんは警戒すると思います。20代以降のおっさんが通報側に入ることは異論ないのですけどね。
コラムで小さいイメージセンサーフォーマットだと画質面で不利という話が何度か出てきますが、正しくは画素サイズが小さいと画面が荒れやすくなるため不利なのです。つまり大型センサーでも画素数の多いセンサーは不利になります。逆に言えば画像の荒れに関してはAPS-Cの2000万画素のセンサーと35mmの4000万画素のセンサーとでは似たり寄ったりのはずで、そこで問題が出てこない以上、今のデジタルカメラでセンサーサイズに有利不利はほぼありません。逆に大型センサーでは製造時の歩留まりが悪くなることや大型のウェーハを使わないといけないという点で価格が上がってしまうため(2010年くらいまでデジタル一眼レフでAPS-Cへの移行が試みられていたのはそのため)、正直ペンタプリズムの素材で妥協するくらいならAPS-Cが前提のマウントを使う方がましです。画素密度については、それこそ下限としてスマホに入るレベルのセンサーまでなら高い画素密度で小さいセンサーを作る方がやりやすいはずです。
「カメラの格でマウントを取られること」そりゃX-Pro2みたいな通好みのカメラじゃ下手にニコンやキャノンのエントリーモデル使ってる方が恥ずかしいよね。個人的には、ニコンやキャノンのユーザーがF値の暗い高倍率ズームレンズをつけていた場合、そこを先制して馬鹿にします(「うーん、でもせっかくいいボディを使ってるんだし、F2.8通しとかの方が性能を活かせるんじゃないですか?」、「レンズ交換式なんだから、必要に応じてレンズを使い分ければいいじゃないですか。同じレンズしか使わないなら、高倍率ズームレンズを持った高級コンデジで十分ですよ。」など)。レンズメーカーがサードパーティーの場合更にそこで馬鹿にします(「ニコンのボディを使うなら基本はニッコールでしょう。それこそArtシリーズあたりならともかく、お手頃価格の高倍率なんか使う意味あります?」など)。もちろん玄人があえてそういう構成を使っていることもあるのですが、そこは身振りと最初の被写体トークで判断します。しかしまあ、フルサイズを嵩に来てマウントを取ってくるような輩には、一度「大きいサイズのなら別にあるよ。Phase Oneの中判。35mmなんて中途半端なミニチュアカメラは使ってられないよ。」くらい言ってみたいものです。ニコンユーザーから割とまともな選択基準を聞いた例としては、オートフォーカスも含めてレスポンスが良いというのがありました。言っておきますが、私もニコンは大好きです。
ついでに、FIAT 500 2007系が出ています。通常日本でFIAT 500というとNUOVA 500なのですが、さすがに音楽教師ではなく大学生がもはやクラシックカーと言ってよい車種を持っているはずもないというあたりでしょうか。トポリーノやNUOVA 500とは別物ですが、かわいい車です。

過去ログ 2012年04月 
2016年05月 06月 07月 08月 09月 10月 12月 
2017年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2018年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2019年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2020年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2021年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2022年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2023年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月 10月 11月 12月 
2024年01月 02月 03月 04月 05月 06月 07月 08月 09月